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洋々LABO > 洋々コラム > 小論文のための推薦図書―その10― 中島義道『英語コンプレックスの正体』 講談社+α文庫、2016年

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高校・大学受験に留まらず、入社試験、メモ・メイル連絡を含め日本語使用禁止つまり英語公用語企業の増加に鑑みても、インターネットを席捲する主要言語としても、英語を身につけないと済まない切迫感が漂っている。「私は大和撫子、日本語ができれば困らない」「俺は日本語アニメとゲームで満足」と言い切れるつわものは、それはそれで頼もしいのだが、瘦せ我慢と映らないでもない。英検、TOEICなどの各種検定試験を校内で受けさせ、その対策をも併せて行なわない中高校の現場など稀少ではないか。じっさい、慶應義塾大学文学部の推薦入試では、英検準一級以上の資格には、一定の加点がされていた時期もあった。ちなみにその頃は、英語以外の仏検、独検など他言語の場合は更なる優遇措置が取られていた。つまり、送る高校も迎える大学も双方で検定試験合格証取得を推進しているという構図である。

では、英語力向上の速度は従来より上がっているのか。現場で教えている感触では、「ノー」である。小学校からネイティブ教員を雇って、英語教育の積極的導入を奨めたり、幼少より英会話を学ばせる家庭も増えていたりするのに、どうしてだろうか。まず、綴りと発音の不一致が読み書きの際の障害の一つである。それは昔も今も変わらない。各自が最初に新規単語の出会った折に記憶に刻み、何遍も書いて体に覚え込ませなければならない。漢字の「佳子」を出席簿に見出したとき、生徒に「ケイコ」なの、「ヨシコ」なの、ひょっとして「カコ」?と尋ねないと、どんな漢字の達人でも読めないのと同様である。中1の或る生徒が、Susieという名を「スシエ」と読むので、私は「寿司恵」と板書して、「鮨屋の娘なの」といじる。また、Doesを「ドエス」と読むので爆笑して、「「ドS」の意味、解っているの」とツッコむと、「解る、解る」と微笑みつつ答えるので、感心する。先日、高1でsaidを「サイド」と発音されたのには驚嘆した。よくこれまで4年間生き延びて来たなあ。まあ、中高一貫校だからか。いかにも、ローマ字的読み方をすれば、そうなのではある。生徒たちには、英語の不条理が嫌なら、ドイツ語とかギリシア語、ラテン語をやると、そのまま読めるから楽だよと入れ知恵する。発音と綴りは殆ど一対一対応だから、始めての単語も自力で正確に読め、発音銘記は要求されないわけである。

フランス語の場合、読めるけれど、ビシッと正確に書くのはなかなか難しい面がある。「クレーム・ブリュレ」(crème brûlée)は、最初のeに重アクセントを乗せ、uには曲アクセント、3番目のeには鋭アクセント、そして最後は、女性形なのでアクセント記号の乗らないeを付加する必要がある。私は他のスイーツを含め、間違った綴りを洋菓子店に行く度、指摘した時期もあったが、一向に直らないので諦めた。正確にできないなら、横文字表記をしなければよいのに・・・。

埼玉の進学校に出校する道すがら、マンション名にprimaberaと見えるのが、いつも気になった。イタリア語の「春」から採った命名なら、primaveraとならなければならない。一瞬の検索・チェックを省いた怠慢と、西欧語を添えることで権威を高める定石も嗅ぎつけて、二重に苦笑を誘われた。

こんな思いを共有し、遥かに自己分析を進めたのが、中島義道『英語コンプレックスの正体』である。以前一度紹介したが、ギドー先生(画家としてのペンネーム)こと中島義道は70冊以上も哲学書を公にした、こわもての大家である。ウィーン大学でカント研究により博士号を取得しているギドー先生は、東大法学部に合格した受験英語のエリートであり、日本の予備校やウィーンの日本人学校で英語を教えた経験もあり、英語で学会発表をするほどであるのだが、それでも英語にコンプレックスを持っていると正直に吐露する。つまり、英会話で簡単な単語がスムーズに出て来ないこととか、哲学の講演は理解できても、映画の会話は殆ど理解できないこと、インターナショナル・スクールに通った息子に英文を徹底的に添削されてしまう経験など赤裸々に語られる。第三章1節「私は英語ができた」→2節「私は英語ができなかった」→3節「私は英語ができる」→4節「私は英語ができない」の変遷は、外国語との著者個人の格闘の歴史を越えて、我々の外国語との遠近を垣間見させてくれる。

そして、すらすら英語が喋れなくとも、軽口を語れなくてもよいのだという、読者を安堵させる結論に導いてゆく。日本人は海外に行くと、現地語を学ぼうとする者は多い。それに引き換え、世界中の人が英語を話して当たり前とする英語帝国主義は疑う余地がある。日本にいながら、外国人に英語を話そうとする日本人の態度は、自発的な好意だと自慢さえできる。また、英会話に文法間違いが混じろうとも、誠実さを以って他人と接すること、自分を卑下しないこと、英語で表現すべき内容を備えた自己を確立することこそ肝要なのであると指摘し、英語力の話に留まらず、日本人論、個人の自我のあるべき姿へと論を展開するところに、ギドー先生の真骨頂がある。

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