好感度


自民党の政治家が民主党の政治家を褒めることはまずない。お互いに少しでも落ち度があればここぞとばかりに批判する。批判自体は健全な民主主義政治の証であり、何の問題もない。しかし、あまりに批判、批判ばかりで批判が目的化してしまっているように見える。日本をよくしようと思って意見をぶつけるというよりは相手の足を引っ張り合っているようにしか見えない。

昨日から通常国会が始まったが、心配なのはねじれ国会の中、民主党が提案する法案に対し、野党がひたすら反対するという構図だ。イデオロギーが全く異なる政党同士だったらわからなくもないが、民主党と自民党であれば、ほとんどの法案で歩み寄りの余地があると思う。

野党には野党の立場があり、そう簡単に協力できないということは理解できる。民主党に協力して日本をよくするための法案が通っても、手柄は民主党に取られてしまい、政権交代が難しくなる。しかし、建設的でない批判ばかりすることが、その政治家にとって戦略的に正しいのだろうか。相手のいいところはいい、とはっきり言い、意見の合わないところだけを争う方が自分をはっきり確立している印象を与え、好感度が上がる気がするのだがどうだろうか。スポーツの世界でトップを争うライバル同士が認めあっているのをみると印象がよいと同時にそのライバル同士が他の人に比べて一段高い位置にいるように見える。それと同じことが政治の世界でも成り立たないだろうか。特に今は、どんな主張であっても異なる党(連立していない場合)の主張に同意する政治家はあまりいないので、内容によって別の政党の議員の考えのよいところもはっきり認める器量があれば目立って好感度をあげることができるのではないかと思う。すでにクリーンでない印象を醸し出している政治家がそれをするとまた離党して新党つくるんじゃないの、と邪推されてしまいそうで、難しいところではあるのだが。

野党の政治家の歩み寄りを期待すると同時に菅首相の「政治力」も非常に重要になる。問題は何もねじれ国会のときだけに出てくるものではない。仮に一党が議席を独占していてもその党を構成するのは人であり、やはりひとりひとりそれぞれに思惑がある。うまく物事が進んで、そのときの執行部ばかりがポイントを稼ぐということを面白く思わない人も出てくるだろう。全体として(党として、あるいは、国として)うまくいくことはもちろん望ましいことだが、それに自分が貢献しないと(手柄をあげないと)あまり面白くないのだ。しかし、一党独裁でもねじれ国会でもそういったいろいろな思惑を持った人をまとめないと前に進めない。政治(politics)という言葉は英語でも日本語でもやや揶揄的に組織内の力の駆け引きに使われるが、利害関係が必ずしも一致しない人々を調整しながら結果を残すことこそ政治力である。国会議員の「良識」と首相の「政治力」に期待したい。


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洋々代表。日本アイ・ビー・エム株式会社にて、海外のエンジニアに対する技術支援を行う。その後、eラーニングを中心とした教材開発に、コンテンツ・システムの両面から携わる。 東京大学工学部電子情報工学科卒。ロンドンビジネススクール経営学修士(MBA)。