進歩


最近山口県の萩に行く機会があった。萩は海もきれいだが、やはりその町並みが美しい。広い範囲に渡り、江戸時代を思わせる長い塀のある家が並ぶ。当時の豪商である菊屋家の家の中に入ってみたがこんな家に一度住んでみたいと思った。当時の生活を想像し、そんな生活も悪くないと思った。

もちろん現代の生活に慣れた我々にとって江戸時代の生活は心地のよいところばかりではないだろう。エアコンのない時点で耐えられないかもしれない。洗濯機もないし、冷蔵庫もない。もちろんテレビもラジオもない。パソコンやスマホなんて以ての外。そもそも電気、ガス、水道が通っていない。それでも当時の家に惹かれるのは、今の家に比べて「本物」で「自然」な感じをそこから受けるからだ。家を構成するすべての要素がその家のために手で作られている。

新しくて「便利」な物は一度知ってしまうと手放せなくなるが、それを知ったときと知らないときの幸せ度は大して変わらないように思えることがある。実は世の中の多くの新商品がその類なのではないかと時々思う。あると便利で一度使うと逆戻りできないが本質的にはあってもなくても大して変わらない。

たとえばウォシュレット。その存在を知らないときには必要を全く感じなかったが、その快適さを知った後は、欠かせないものになる。しかし、もともと必要のなかったものが、必要に感じるようになっただけだ。知る前と知った後で幸せ度は変わっていないのではないか。

口臭予防の医薬品であるリステリンは口臭を作り出したと言われる。リステリンが出てくる前は口臭のことを気にする人はほとんどいなかったのに、口臭予防を謳う製品を売り出すことで多くの人が口臭を気にするようになった。元々必要なかったものの需要を生み、それが必要であるように皆に思わせた。

製薬会社が抗うつ薬のキャンペーンをした国ではうつ病の人が増えるという。もともと何の問題もなく生活していた人が自分はうつ病でないかと疑い、実際にうつ病になる。

ビジネスの世界で需要のないところに需要を作り出し製品やサービスを売ったとなればそれは称賛されることだ。アップル社の経営者は市場調査で皆が欲しがるものを提供するのではなく、自分たちが需要そのものを作り出したということを誇らしげに語る。しかし、新しい製品やサービスによって、新しい欲望を生み出しているだけだとしたらそれは進歩と言えるのだろうか。煙草のように元々なくてもよいのに一度吸いだすとそれが必要なものに変わるもの。元々なかった欲望をわざわざ作り出し、それがないと不快な状態にするもの。便利に感じていたものがそういったものであるならば実はなくてよかったんじゃないかと思えてくる。

江戸時代の人よりも現代の人のほうが便利なものが多くて幸せだろうか?「自然」や「本物」感を失ってでも今の状態の方がよいだろうか?もちろん今の生活を知ったほとんどの人は江戸時代の生活に戻りたくはないだろう。また仮に江戸時代の人が現代の生活を知ったら快適過ぎて元に戻りたくなくなるだろう。しかし、それは煙草の味を知ったか、知らないかだけの違いで、知らなければ、幸せ度に大きな差はないことかもしれない。

人間の進歩には本質的な進歩とそうでないものがある。何を本質的な進歩と見做すかはその人の目指す社会像によるが、どうせ一生懸命働くのであれば自分の考える本質的な進歩を目指したい。


洋々ではプロフェッショナルによる無料の個別相談を承っております。

個別相談申込ページからご予約いただくか、

電話またはメールにてご連絡ください。

電話:03-6433-5130(平日1400-2100、土1000-1900。水日祝休み。)

Eメール:you2_info@you2.jp

お気軽にご相談ください。

洋々代表。日本アイ・ビー・エム株式会社にて、海外のエンジニアに対する技術支援を行う。その後、eラーニングを中心とした教材開発に、コンテンツ・システムの両面から携わる。 東京大学工学部電子情報工学科卒。ロンドンビジネススクール経営学修士(MBA)。