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洋々LABO > 洋々コラム > 小論文のための推薦図書―その16― 山口裕之『語源から哲学がわかる事典』 日本実業出版社、2019年

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 人生の先輩からみて「若者は本を読まない」というのは万代不易の常套句として復唱されてきた。私の大学時代でも教授が、「最近の学生は、倫理的行為の具体例としてドストエフスキーとかシェイクスピア作品の登場人物、出来事を挙げても、全然読んでいないので、話が始まらない」と嘆いていたのを、昨日のことのようにまざまざと想起する。しかし、活字離れは先の常套句の域を超え、オンラインですら本を読まない人々を増殖させる悪しき新時代に突入したのであろうか。ドイツ文学科、フランス文学科の推薦入試を受ける生徒を毎年のように指導しているが、一冊の独文学も読んでないとか、サン・テグジュペリの『星の王子さま』しか読んだことがないという場合が稀ではなく、唖然としてしまう。それでも、合格させてしまうのでは、手前みそだが本校「洋々」の総合力だと誇りにも思う。
 さて、哲学科を志望する生徒も、外国文学科志望者に輪をかけて哲学書を丸ごと読むまでには至っていないことが多い。その一因は、時代の趨勢もさることながら、普通の教育課程をこなしているだけの者には、哲学の概念には難解すぎるところがあるからに相違ない。そこで、取っつきにくい哲学に近寄るための導きの書が求められる。
 『語源から哲学がわかる事典』の著者、山口裕之は東京大学博士課程を経て、コンディヤック哲学の研究で成果を挙げ、多くの著書を世に問うている徳島大学教授である。本書はよくある、哲学者毎に学説を解説していく形式ではなく、現在使われている個々の日本語の哲学概念を英仏独語から、さらにラテン語、ギリシア語へと歴史的に遡って説明してくれる。しかも、学会で通用する、日常語から懸け離れた晦渋な訳語ではなく、馴染みやすい独自の訳語を提案している点で傑出している。
 個別と普遍、理論(観想)と実践、実体とイデア、本質と付帯性、形(形相)と質料(素材)など、プラトン、アリストテレスに始まり、以後哲学の歴史で出ずっぱりの諸概念が高校生でも解る平易な言葉で説明される。とりわけ素人が困惑するのが心と心的能力を取り巻く概念である。感覚、知覚、表象、悟性、理性、観念、概念、魂、心、精神、知恵、意識、直感、直観、これらの語を区別して説明するのは、大学の哲学専攻の高学年でも難しいだろう。
 これに関連して、もう一つ想い出すエピソードは、当時、学部長も常任理事も務めた哲学科主任教授が、大学院入試の英語試験で、understandingの訳語を「理解力」としている答案を発見して、「これだけでも合格させるわけにはいかんな」と恐ろしい発言をしていたことだ。「悟性」と伝統的に訳されていたからである。カントの感性(Sinnlichkeit)・悟性(Verstand)・理性(Vernunft)の三層構造を成す認識能力の真ん中のものに対応する英語だという学習が当該学生に欠けていた点が問題だったのだろう。
 さらに、ここに「知性」が入っていない点に気づけば、眼差しは一気に古代へと遡る。哲学の概念で最も厄介なのは、同じ語が大袈裟に言えば哲学者毎に異なるから、各哲学者の体系・概念装置のなかで逐一学習しなければならない点にある。プラトン、アリストテレスでは、「理性」(ロゴス)はカントと違って、「知性」(ヌース)の下に位置する。ここで「知性」をIQの「知能」intelligenceと混同してはならない。プラトンの知性は、範型イデアを把握する能力であり、アリストテレスでは知性に能動知性と可能知性、場合によっては受動知性もあって、いっそう複雑だが、プラトン同様、本質を直感する能力である。私は「ヌース」を現代語の「知性」と混同して欲しくないため、「直知者」という訳語を採用しているが、著者の「真理を一撃で見抜く力」という表現の方が素人にはずっと判りやすいだろう。
 哲学史全体の卓越した鳥瞰的展望として、「西洋哲学において「実在:existence」は「個物→神→人の心」と大きく変遷してきた。また、「本質:essence」や「普遍:universal」は「イデア→神→自然法則」と変遷し、本質や普遍が存在する場所もまた「個物→神→人の心」と変遷してきた。とはいえ、何らかの「普遍的なもの」がどこかに存在しているという発想は一貫している。」(232頁)という一文が心に刺さった。 第1章:哲学、第2章:認識、第3章:存在論、第4章:神学、第5章:認識論の各章にはキーワードの解説、章ごとのまとめ、巻末には文献ガイド、ラテン語とギリシア文字の読み方、簡単な辞書としても使える索引が付いていて、至れり尽くせりの構成となっている。
 最後に誤植を減らす手伝いをするならば、「エピスターマイ」→「エピスタマイ」(60頁)、「ポリーテイア」→「ポリーテイアー」(71頁)、「テオーリア」→「テオーリアー」(83頁)、「イデア」→「イデアー」(98頁ほか)、「ホモ・サピエーンス」→「ホモ・サピエンス」(108頁)、「キヌーン」→「キーヌーン」(155頁)、Vorsokratikere→Vorsokratiker(254頁)、「エプシロン」→「エプシーロン」、「オミクロン」→「オミークロン」、「シグマ」→「シーグマ」、「イプシロン」→「ユプシーロン」、「オメガ」→「オーメガ」(271頁)。

 原語の「ソークラテース」「プラトーン」「アリストテレース」など、長音を逐一表記するのは煩わしいので、表記しない場合の方が多い。しかし、いったん表記すると決めたならば、西洋古典学の専門家のように厳守することが求められるというジレンマがある。韻文の場合は、各行の韻律に関係するので、殊に長短の弁別が必須になってくる。

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