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洋々LABO > 洋々コラム > 小論文のための推薦図書――その9―― 山本芳久『世界は善に満ちている――トマス・アクィナス哲学講義――』 新潮選書、2021年

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 著者、山本芳久は東京大学学部・大学院を出て千葉大に就職、その後、古巣の東大に戻って現在、駒場の総合文化研究科の教授である。西洋中世哲学の扇の要、トマス・アクィナス研究を専門とする点で、洋々ラボ前回コラムで紹介した宮本久雄の正統な後継者といえる。宮本はカトリックの神父であることからも、パウロを中心とした新約聖書研究、「出エジプト記」の神の自己啓示「我は在りて在る者」を典拠にした神観を武器に、現代世界の悪に切り込む発言で華々しいのに対し、山本はイスラーム哲学に興味を抱き、以前言及した(2019.01.28記事「<死語の世界>その4」)ように、私と共にやはり駒場の東大教授高橋英海からシリア語の手ほどきまで受けた学究の徒である。

 ギリシア哲学はシリア語文化圏を経由して、アラビア哲学へと移植されたから、アラビア語に加えてシリア語に通じれば、ギリシア→シリア→アラビア→ラテン中世の思想伝播の環が完成するのである。西洋中世にとって当時のイスラーム世界は、医術はもちろん、哲学の先進国でもあった。トマス・アクィナスは保守勢力の批判を物ともせず、異教のアリストテレスを中心としたギリシア哲学、アヴィセンナ、アヴェロエスといったイスラーム哲学をも進取の気性で接収し、キリスト教の我が身に摂り込んだ、いわば集大成を企図した体系家なのである。

 しかし、12世紀後半にラテン語で執筆されたトマスの主著『神学大全』は、神論・人間論(倫理学)・キリスト論の3部構成からなる途方もない大著である。創文社から1960年に刊行され始めた邦訳は、2012年に全45巻でようやく完成するに至る。日本語訳ですら、読み通した者は極めて少ないだろう。しかも、『対異教徒大全』やら、多数の討論集、アリストテレス註解、聖書註解をも記し、50歳を前に他界している。多作の怪物である。

 『神学大全』上記3部はそれぞれ100個余りの「問題」(クエスチオ)に分かれ、「問題」は「項」(アルティクルス)に分かれる。「項」が2,669個集まって、『神学大全』という一つの書物になっているという。眼も眩むばかりの量である。さて、「項」内部はと言えば、まず議論されるテーマが掲げられ、次に「異論」が提示され、さらにこの異論に対する異論が「反対異論」として紹介され、その後いよいよトマスの自身の見解が「主文」において述べられる。最後に、この主文に基づいて、先の異論に対する回答も与えられる。法廷闘争を髣髴させる、このような討論形式はトマスの専売特許ではなく、中世哲学で一般に流布した「スコラ的方法」と呼ばれるものである。量ばかりか質のうえでも、素人には近寄りがたい印象を与えるのも首肯できるだろう。

 そこで、この乾物を山本は「哲学者」と「学生」の対話という「なま物」に戻すという試みにチャレンジした。大学に入学したが、いずれの専攻に進むべきか決めかねている学生が研究室を訪ね、山本の分身である哲学者が、10回に分けて毎週、トマス哲学への手ほどきをするという体裁だ。思想部門でサントリー学芸賞を受賞した、前著『トマス・アクィナス――理性と神秘――』(岩波新書、2017年)より、さらに嚙み砕いた内容になっている点で、高校生にも推奨できる。

トマス哲学と言うと、以前はもっぱら、人間が外界をいかに認識するかを説くスコラ的認識論か、存在(エッセ=being)と本質(エッセンチア=essence)の区別が主要なテーマだったが、山本は感情論にこそトマスの本領が発揮されていると指摘する。「感情」という訳語の原語は「パッシオ」であり、直訳して「受動」だということから考察が始まる。我々の心が何によって受動するかと言えば、心が向かう対象、つまり魅力的なものによってである。「魅力的なもの」と柔らかく表現したものは、哲学の伝統からすれば、「善」と名付けられる。「善」とは決して仰々しいものではなく、「これが好き」「あれが好き」と日常口にする好感を抱く対象と理解しておけばよい。そこで、「善が心を動かすと愛が生じる」という言い方が可能になる。愛が根源的にあり、愛すればこそ、愛から憎しみ、怒り、恐れ、悲しみ、希望、絶望などの感情が派生してくる。善によって愛が心内に灯ると、心は善を獲得しようと、こんどは能動的な動きに転ずることになる。この動きが欲望である。我々の日常には無数の気に入るものがあり、絶えずそれに惹かれ、愛と欲望の環を紡ぎ出している。同じものを気に入るというよりも、つねに新しい対象に愛が生まれ、世界が広がっていくということもできる。愛は我々と対象を結ぶ絆でもあるし、善の方は固定・停滞せず、拡散していくものと捉えられる。これが、スコラ哲学の「善の自己拡散」という根本原理の一つの表われなのである。善はコップにすりきり一杯入って完結する類のものではなく、滾々と湧き出でる泉の如きものである。このような「楽天主義」とも称されるトマス哲学に、山本は「肯定の哲学」という名称を与え、新境地を拓こうとしている。山本の授業に対する東大生の感想のなかには、「トマスへの愛」というのがあったらしい。

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