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洋々LABO > 洋々コラム > 小論文のための推薦図書―その18― 山田晶『倫理学講義 第二巻』小浜善信編 知泉書館、2025年

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 私の学生時代、西洋中世哲学研究の第一人者と言えば、山田晶であった。そして、いまなお彼に優る泰斗は現れていないと言っても過言ではない。中世哲学研究5部作『アウグスティヌスの根本問題』『トマス・アクィナスの≪エッセ≫研究』『在りて在る者』『トマス・アクィナスの≪レス≫研究』、実現せずに終わったが『トマス・アクィナスの≪ラチオ≫研究』として陸続と刊行されつつあった。4冊目の『トマス・アクィナスの≪レス≫研究』は千頁を超える浩瀚な専門書で、定価を調べず生協書籍部に注文し、12000円の請求に驚いたのも、今となっては懐かしい思い出となっている。ほぼ京都大学教授時代に刊行されたこれら専門家向けの代表作に対し、今回紹介するのは、定年後、南山大学神学部教授に転任した後、力を抜いて自由に思索した講義遺稿翻刻の一部である。この『倫理学講義』は全五巻になる。先立つ『中世哲学講義』も全五巻であり、聖トマスの金字塔『神学大全』邦訳の大事業全34冊のうち6冊の訳者としても令名を馳せている。中世哲学会委員長を8年間務め、学士院会員に後に列せられた。われわれ大学で教える者の大半は、講義メモは用意したとしても、学会発表と異なり、学生相手の講義に完全原稿は作らないのが常であるから、山田の真摯さ、徹底性には頭が下がる思いを禁じ得ない。
 詩人でもあった山田晶はアウグスティヌス『告白』の名訳を遺しているが、同著の「時間とは何かを問われる前は、時間を知っていると思っていた。しかし、いざ問われると、当惑する」というあまりにも有名な一節をもじって、「愛とは何か問われる以前は愛を知っていると思っていた。しかし、いざ愛とは何かと問われると当惑してしまう」と愛の自明性と多義性に注意を喚起し、話の口火を切る。 
 名古屋時代の思索の導きの糸になったのは、プラトンの「エロース」論、アリストテレスの「フィリアー」論、新約聖書の「アガペー」論という古典である。一般的に「フィリアー」は「友愛」と訳される、友同士の双方向的愛で、「友は第二の自己Alter Ego」という著名なアリストテレスの定式に結実している。多少ニュアンスは異なるものの、或るボルドーワインの銘柄として「アルテル・エゴ」は酒好きには認知されている。「アガペー」は人間に向ける神の愛が典型的な無私の一方的愛、「エロース」は価値あるもののみを対象とする利己的愛と理解されている。
 このなかで、本巻の標的は「エロース」としての愛である。名詞「エロース」の動詞形「エラーン」は「愛する」というより「欲する」「好む」の意で通常用いられるので、エロース愛は人生一大事の結婚プロポーズに終極する大袈裟なものではなく、卑近な場面で現れるというか、一挙手一投足を決定する心の動きに他ならない。人間に対しては「彼氏彼女を愛する」「先輩を愛する」「推しを愛する」、生物に対しては「犬猫を愛する」「パンダを愛する」「手乗りインコを愛する」、物に対しては「ハワイの海を愛する」「ぬいぐるみを愛する」「プラダを愛する」、行為についても「部活動のスポーツを愛する」「M!LKを聴くのを愛する」「ダンスすることを愛する」など、われわれの日常は愛する方へ手を伸ばす決断の連続に他ならない。この愛を山田は、自分の欲するものの獲得、何らかの欠落の充足を利己的に目差す自己愛であると分析する。リア充の実現は生きる希望と力、悦びをわれわれにもたらす。しかし、他人、諸事に妨害されることの方が常態化している。すると、憎しみと争いが生じかねない。
 現実を鋭く抉る、親子間に潜む愛の残酷な分析には、思わず膝を叩いてしまう。「母が子を愛するのは自己の分身を愛するのであり、子を愛することにおいて母の欠乏感は満たされる。特に母が他の人間との間の愛の関係を失ったとき、その愛は子に対して集中される」(p.35)。「子が自分の思い通りになると喜び、ますます子を愛するが、思い通りにならないと失望落胆し、子に対する愛が冷却する」(p.38)。
 他方、子の親に対する愛は「親の有している物をことごとく奪い去ろうとする。幼少の時代は母親から乳を奪い、長じては親のスネをかじり、親の血も肉も財産も貪欲に食い尽くし飲みつくそうとする。実際、子の親に対する愛ほど露骨に自己中心的エロース的なものはない。そして、子は親から吸い取れるものを吸い尽くすと、老衰した親を置き去りにして親の家から出てゆき、あるいは親を家から追い出すのである」(pp.35-36)。
 しかし、愛の三形態「好き/嫌い」「欲求する/拒否する」「愛する/憎む」は固定したものでなく、一筋縄ではいかない。好きだったものが嫌いになる、逆に嫌いなものが好きになる事実は、自他ともに見聞済みではないか。食べ物の事例は解りやすい。子供の頃、苦手だった鮎の苦味が大人になって好物になるとか、ドジャースのフリーマンが大谷がアレンジした、数寄屋橋「次郎」を抜いて当代随一の呼び声高い「鮨さいとう」で、苦手だったウニに夢中になってしまったとか、逆にチキンが好きで食べ過ぎた知人が、ある日突然アレルギーになってしまうなど。年齢と時の推移による好みの変化だけでなく、病気、妊娠など体調の変化といった肉体的要因、失恋した瞬間に食べていたものは、以後喉に通らなくなるというような心理的要因など様々な事情と因子によって好悪、いわゆる愛憎は転変する。
 以上、同著のごく一端をかすめたに過ぎないが、平易な文体と事例に基づく論調は、京大時代の専門書を通してしか知らなかった山田晶という思想家の新たな側面を私に垣間見させてくれた。上智大学哲学科、神学部、立教大学キリスト教学科志望受験生を毎年指導しているが、「愛」というテーマが絡んでこない文学部系学問はないのではないか。

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