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洋々LABO > 書類・試験対策 > 小論文 > 元慶應文学部教授が選ぶ小論文推薦図書[ 2 ] ピエール・アド『イシスのヴェール 自然概念の歴史をめぐるエッセー』

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元慶應文学部教授として長年慶應文学部の一般入試・自主応募推薦入試の出題・採点に携わってきた洋々エキスパート講師の堀江聡が、慶應文学部をはじめとする人文科学系統の学部を志す皆さんにおすすめの図書を毎回1冊ご紹介します。今回は、ピエール・アド『イシスのヴェール 自然概念の歴史をめぐるエッセー』です。
イシスのヴェール
著者ピエール・アド(1922-2010)はコレージュ・ド・フランスの教授として、20世紀から21世紀にかけて最強の古代哲学史家として君臨した。コレージュ・ド・フランスと言えば、ソルボンヌ大学やエコール・ノルマル・シュペリウール(高等師範学校)の教授より格上で、フランスの学者にとって殿堂入りを意味する。ベルクソン、メルロ=ポンティ、ミシェル・フーコーなどフランスを代表する哲学者が名を連ねていることからも察することができるだろう。アドは、古代への関心を次第に増していったフーコーによって、コレージュ・ド・フランスへ招聘されたと、知人のアニク・サジェ教授から伺ったことがある。東大の人文系の教員採用もこれに似て、最終的には判る人が一本釣りで、白羽の矢を立てた人を採ることが多いのである。AO推薦入試でも、事情は同じと心得ておきたい。

さて、単なる知的遊戯に堕することのない「精神修養」という鍵概念で西洋古代哲学を特徴づけたことで、とりわけ令名を馳せたにも拘らず、これまでピエール・アドの著作に邦訳がなかった。今回、東京女子大でも教鞭をとった翻訳家、小黒和子氏は2004年のアド晩年の快著の翻訳を上梓した。古代末期になると、エジプトの豊饒の女神「イシス」は、ギリシア文化圏の都市エフェソスの女神アルテミスと同一視され、「自然」の擬人化・象徴となった。
ここで「自然」というのは、ギリシア語「フュシス」の訳であり、physicsという英単語の語源だと容易に推察されるだろう。そして、ラテン語では「ナートゥーラ」natura、ひいては英語でnatureと訳されていく語である。physicsは現代では「物理学」と訳されるものの、古代ではもっと広く、化学、生物学、天文学をも包括する自然現象全般の解明を目的とする「自然学」というべきものであった。
では、次に「自然」とは何か。英語で考えると、natureというのは「自然」とも「本性」とも訳され、どちらにも振り分けられないことも多い難しい語彙である。これまで私も窮して「自然本性」と訳したり、「自然・本性」と工夫してきたりした。その意味で、「フュシス」(nature)は、その「何であるか」を追究すべき哲学的概念と言ってよい。

「フュシス」という語の使用の歴史は古い。著者アドは、時を遡ること2500年、紀元前6~5世紀のエフェソスの哲学者ヘラクレイトスに焦点を当てる。「万物は流転する」(パンタ・レイ)という句とともに、高校世界史や倫理の教科書にも登場するヘラクレイトスではあるが、今回は別の箴言「フュシス・クリュプテスタイ・フィレイ」が採り挙げられる。これは、伝統的に「自然は隠れることを好む」と訳されてきた。「クリュプテスタイ」は「隠れる」という意味の動詞であり、「フィレイ」は「愛する」「好む」という動詞で、「哲学」(フィロソフィー)という語の成分としてもお馴染みであろう。「フィロソフィー」とは「ソフィー」(智恵)を「フィロ」(愛する)というのが由来だからである。

しかしアドによれば、これは誤訳に他ならない。では、正解はどうなるのか。まず、「フィロ」(フィレオー)は、「好む」というより、「これこれの傾向にある」の意である。次に、「カリュプテスタイ」は能動的(中動相)にも受動的にも解しうる。最後に、「フュシス」は静止的に「いま見えている自然」「実現されている自然状態」を表わすのではなく、「ものが現前するプロセス」を指すのだという。そこで、箴言全体の意味は、「ものを出現させる原因は、ものを消滅させようとする」(誕生の原因はまた死の原因となる)、ないしは「形あるものは消える傾向にある」(生まれたものは死に向かう)になる。
人間は生まれると同時に老化が始まるとか、人間は生まれると同時に刻々と死に向かっているという命題は、ハイデガーならずとも、多少自己反省すれば思い至る事実であるが、ヘラクレイトスの箴言は、人間のみならず、在りとし在るものすべてに妥当するものなのであろう。

ところが、歴史的には「自然というものは自己を人間に顕さない」ヴェールに包まれたものであると、創造的に誤読されてきたのである。だから、「自然」の擬人化であるイシス女神像はヴェールを纏った姿で彫刻にも絵画にも描かれた。近代になると、そのイシスのヴェールを剥ぎ取るものとして自然科学が登場し、また図像としてもそのように描かれるようになった。

『イシスのヴェール』は、翻訳でも多数のイシスの図像を添付し興味尽きない。なにより2500年の「自然」の概念史をめぐって博覧強記を存分に発揮したピエール・アド晩年の偉業である。入試に出題される、されないはさておき、世界苦難のこの時期に繙く(ひもとく)にも遜色ないと思われるのである。

イシスのヴェール

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