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洋々LABO > 書類・試験対策 > 小論文 > 元慶應文学部教授が選ぶ小論文推薦図書[ 5 ] 井筒俊彦『スーフィズムと老荘思想 比較哲学試論 上下』

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元慶應文学部教授として長年慶應文学部の一般入試・自主応募推薦入試の出題・採点に携わってきた洋々エキスパート講師の堀江聡が、慶應文学部をはじめとする人文科学系統の学部を志す皆さんにおすすめの図書を毎回1冊ご紹介します。今回は井筒俊彦『スーフィズムと老荘思想―比較哲学試論―上下』です。

スーフィズムと老荘思想

井筒俊彦『スーフィズムと老荘思想―比較哲学試論―上下』
(仁子寿晴訳)、慶應義塾大学出版会、2019年

 慶應文学部が輩出した学者のなかでも、最大の伝説的人物の一人が井筒俊彦(1914-93)に他ならない。私の在学中、薫陶を受けた教授たちから、その怪物ぶりは折に触れて伺ったものだ。夜を徹して勉強する、教授会には出ない、目上の先生にも挨拶しない、数十の外国語に堪能でアメリカ軍にスパイと間違われる、弟子の(日本語の代名詞研究や、「武器としての日本語」でよく入試にも出題される)鈴木孝夫に予め休み時間のあいだ、独仏語、ラテン語、ギリシア語の引用句を板書させておく、その言語学講義の教室には学生が殺到し、席取りが大変だったなどなど。

ヘーゲル、マルクス研究の三浦和男教授はロシア語と中国語を、アリストテレス哲学が専門の牛田徳子教授はアラビア語を、論理学者の大江晁教授はギリシア語をマンツーマンで厳しく鍛えられたという。私にアラビア語とペルシア語講読をしてくれた岩見隆は、イランに同行した井筒の愛弟子だが、「井筒さんは、一週間にアラビア語単語を150個覚えろ、と無茶なことを言うんだよ」と愉しそうに苦笑していた。恐らく、20世紀日本人で最も語学ができたのが井筒であるから、高校生はこのレベルを目差すとよい。ただし、英単語はかなり日本語に入り込んでいるから、音からして未知のアラビア単語の暗記の方が困難さは倍化すると思われるが・・・。

岩波文庫の『コーラン』(3巻本)の訳者として、啓蒙書『イスラーム文化』『マホメット』『イスラーム思想史』『アラビア哲学』『イスラーム生誕』『アラビア語入門』の著者として、イスラーム研究第一人者の地位を確立し、東大から専任に招かれるも断り、慶應は井筒が学生指導・入試の雑用から解放され、思いのまま研究に没頭できるように「言語文化研究所」なるものを建てて所長にするものの、結局はカナダのマッギル大学に逃げられる。初期の文系頭脳の海外流出の典型である。初めは、一年の半分は慶應で教え、半分はカナダで教えていたのだが、そのうち完全にマッギル大に移籍してしまう。さらに、マッギル大から本場イランの王立アカデミーに招聘され、テヘランに拠点を移すことになる。その国際的評価の理由は上掲の日本語著書では当然なく、『クルアーンにおける神と人間』『存在の概念と実在性』『イスラーム神学における信の構造』『言語と呪術』といった一連の英文著書、世界的学者だけが招聘されるエラノス会議における講演による。日本では逆にこれらの英文著作が読まれることは余りなかったので、井筒の真価は本邦では十全に認識されてきたとは言いがたい。それが最近、慶應大学出版会で次々と和訳されたので、井筒ルネサンスに沸き立っていると言っても過言ではない。

本訳書もその一環であり、東大イスラーム学科の助手時代の仁子くんを同出版会に訳者として私が推薦してから、かなりの年月が経った。『スーフィズムと老荘思想』を訳すには、中国思想とイスラーム思想の両方に通じていなければならなかったから、訳者の候補は限りなく絞られたのだ。

カントとヘーゲルの比較であれば、語学もドイツ語が共通で影響関係は如実であるから、なんら問題ない。次に、アリストテレスとカントであれば、片やギリシア語で語学は異なるものの、同じ西洋哲学の伝統に掉さすから、これも有意義に比較できる。それから、アヴィセンナとトマス・アクィナスであれば、アラビア語とラテン語という語学のみならず、信奉する宗教もイスラームとキリスト教で異なるものの、基盤となる哲学はギリシア哲学であるから、比較は無理ではない。ところが、イブン・アラビーというアラビア神秘哲学者と道家の老子・荘子を比較するには、方法論に対する反省が不可欠である。

本書の主題は「存在」である。この語はイブン・アラビー(1240年ダマスクス歿)の「ウジュード」というアラビア語から借りてきて、老子・荘子に適用されたものである。後者ではこの語を同じ意味に用いないのだが、構想された世界観が類似しているので、超歴史的対話のために「存在」概念を鍵概念として比較することが許されるという。「存在」とは絶対者のことであり、道家の「無」に相当する。存在ないし無は、それ自身だけで未来永劫独存するのではなく、有と無の中間者へと自己分節する。一段、われわれの近みに降りてくると言ってもよい。そこはイブン・アラビーでは原型的イマージュの世界であり、一と多が交錯する、荘子の夢・混沌の次元である。さらに、われわれが日常経験する世界は、このイデア的範型の世界が多なる個別者として現実に顕現した世界である。しかし、これら3階層は相互に截然と区別された3つの別物ではなく、唯一の絶対者の3側面なのである。したがって、この世は多として分節されたものとしてだけでなく、一なる絶対者の顕現形態としても眺められる。多としても一としても同時に捉えることのできる人こそ覚者であり、イブン・アラビーでも道家でも目標とされる「完全人間」(インサーヌン・カーミルン)「聖人」「真人」なのである。喩えて言えば、黒板に書かれたものを多なる文字とも、一なるチョークの痕跡とも眺められるし、鏡に映る多数の像と同時に、一なる鏡そのものへの眼差しをも欠かさない双眼の士のことである。

推薦図書初回で述べたように、慶應出身者の文章は小論文課題候補として狙われる。出題しても苦情が来ないからである。まして、井筒は鬼籍に入っている。入試出題者は、いまだ多なる世界にどっぷりつかり、この世のしがらみに拘束されているのである。

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