元慶應文学部教授が選ぶ小論文推薦図書[ 3 ] 中島義道『ウソつきの構造―法と道徳の間―』
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元慶應文学部教授として長年慶應文学部の一般入試・自主応募推薦入試の出題・採点に携わってきた洋々エキスパート講師の堀江聡が、慶應文学部をはじめとする人文科学系統の学部を志す皆さんにおすすめの図書を毎回1冊ご紹介します。今回は中島義道『ウソつきの構造―法と道徳の間―』です。
中島義道『ウソつきの構造―法と道徳の間―』、角川新書、2019年
70数冊の哲学書を世に送ってきた著者、中島義道(よしみち)(1946年生れ)は73歳にして、いまだ現役の哲学者である。近年も年に数冊出すという量産体制は変わらない。とくに哲学に関して、「40、50(歳)は、はなたれ小僧」だと、九鬼周三哲学の権威、小浜善信教授からきかされてきたが、まさにこの言葉はギドー(中島義道の画家としてのペンネーム)先生の活躍から首肯される。東大法学部を卒業したにも拘らず、科学哲学の大家、大森荘蔵により「哲学病」と診断され哲学科に転身、ウィーン大学哲学科からカント研究で博士号を取得、駒場の東大教養学部助手、帝京技術科学大学助教授、電気通信大学教授という経歴を歩んできた。助手になったのが40歳手前なので、本人が自虐的に語るように、順調な就職路線だったとは言えない。
しかし、ギドー先生を著名にしたのは、インパクトある数々の哲学書である。留学時代におけるヨーロッパ精神との格闘を描いた『ウィーン愛憎』の著者として初めて、その名は心に刻まれた。ミュンヘン大学留学中、同書を手にした私には、小澤征爾の哲学版にも思えた。爾来、同氏の繰り出す本のタイトルは攻撃的かつ刺激的であった。『哲学の教科書 思索のダンディズムを磨く』、『人生を<半分>降りる―哲学的生き方のすすめ』、『哲学の道場』、『ぐれる!』、『私の嫌いな10の人びと』、『狂人三歩手前』、『女の好きな10の言葉』、『非社交的社交性 大人になるということ』、『明るく死ぬための哲学』は、慶應哲学科の私の後輩、池田晶子の著書同様、哲学の専門家以外に多くの読者を惹きつけた。
とうぜん、あまたの現代国語の教科書に所収され、入試問題に抜擢されてきた。高校入試、大学入試、入社試験、各種採用試験で出題されること、年に10件は下らないという。その際、事前に著者に許可を求めることなどない。試験内容が漏れないようにという配慮ゆえ、事後報告になる。ギドー先生が苦笑しておっしゃるには、接続詞の穴埋めはご自身も間違えることがあり、傍線部の解釈に対する予備校の模範解答は間違っていることがあるという。
さて、日本における騒音公害に対し敢然と闘いを挑んだ稀有な記録であり、新たな日本人論として耳目を集めた『うるさい日本の私』は、慶應文学部2005年総合考査Iの問題文となった。2人のノーベル文学賞作家、川端康成の「美しい日本のわたし」、大江健三郎の「あいまいな日本のわたし」のパロディーである。勤務校へのバスのアナウンス内容の無駄の多さに辟易し抗議したところ、今度は「美しき青きドナウ」を車内で流されるようになってしまう。いまでも毎年ウィーンに滞在されるギドー先生、もちろん音楽がお嫌いではない。しかし、強制的に毎度、録音を聞かされる苦痛には大いに共感できる。しかし、駅構内、車内、銀行ATMコーナーでの効果のないアナウンスの垂れ流しへのギドー先生の長年の闘争は、多勢に無勢であった。
学術書が啓蒙書にもなる文章の巧みさがギドー先生の真骨頂であるが、ご専門のカント哲学の応用編には殊のほか注目しておきたい。慶應文学部2010年総合考査II「大人になるとは、自らの理性を使用する勇気を持つこと、という主張をどう考えるか」、2006年総合考査I「道徳の必要性と道徳の逆説」を主題にした長文は、カント倫理学をテーマにしたものである。ごく最近では、2019年総合考査Iでも「カントの自立の理念」が主題化されている。慶應の倫理学専攻スタッフには2人もカント研究者がいるので、カントを知らないようでは、慶應文学部対策が不充分だと言っておこう。
発売後10ヶ月に満たない『ウソつきの構造』は加計・森友問題を話の枕に展開されるが、もちろん、目下国会でバトル中の係争に関しても妥当する射程をもっている。われわれは虚偽答弁だと確信するも、虚偽を証明する手段をもたないし、法的に裁かれないのをよいことに、虚偽をする方は虚偽の上塗りを重ねていく。それをマスコミと一緒にぼやくのではなく、哲学的に人の内心の道徳と外面の法的整合性との矛盾に深く分け入るのが本書である。
内面の声である道徳を守るか、幸福を追求するかの葛藤のうちに置かれた存在が人間であるとカントは洞察する。幸福と道徳が対立するとき、大多数の人は幸福を優先する。つまり、真実を述べれば、自分が損をする、友人・家族が損をする、会社・役所・政党が損をするときに、それぞれの利益を優先して、真実には口をつぐむ。そうすることが身内の幸福につながるからだ。しかし、理性的存在である人間は、真実であるという条件のもとでのみ幸福を求めることが許されるとカントは迫る。じつは、この「いかなる場面でも嘘をついてはならない」ことは、10歳の子供でもわかっている原則だという。「嘘をつくと、魂を腐らせる」という2400年前のソクラテスの叫びをカントは受け継いでいる。そして、われわれに凡庸になることを許さない、この精神を中島義道は公然と現代に突き付けるのである。
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