「本気」の共鳴

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大津のいじめ、桜宮高校バスケ部顧問の体罰、女子柔道日本代表監督のパワハラ―。「強者」が「弱者」を追い詰め、取り返しのつかない事態になったという悲しいニュースが続く。彼らが感じたであろう精神的苦痛を想像するだけで本当に胸が痛むし、命を落とした若者やその関係者の方々の苦しみは想像して余りある。どんな形であっても、他の選択肢が思いつかないほど人を追い込んでしまったのだとすると、「加害者」の罪は軽くない。けれども、「問答無用の暴力絶対反対論」には私は反対だ。反論を許さず、叩きやすいものを叩く姿勢だって、それこそ反対しにくい世論を背景とした「弱い者いじめ」に思える。

人は人との関わりから多くを学ぶ。友人同士、先生と生徒、上司と部下。こうした関係の中には本来、その人が持つ力を引き出す関わりあいがある。そしてそれは、言葉だけではない様々な形のコミュニケーションを通して培われる。笑い、泣き、黙り、怒鳴り、苛立ち、無視し、ぶつかる。制約の中で本気でものを作ろうとすればするほど、全身全霊で、ギリギリのところで、コミュニケーションを取る場面は多くなる。そしてこのギリギリを乗り越えて両者の本気が共鳴出来た時、彼らは新たなステージに立つことが出来る。

私は当事者ではないから、最近の事件の裏側で何がおこっていたのかは分からない。ニュースになった「加害者」側の人はもしかするとやり過ぎたのかもしれない。けれども、教育に関わるものが、その世界の一番の頂きを目指す若者を導くものが、青春を共に過ごす友人が、当たり障りのないやり取りだけして平穏無事に時を過ごすことが、私にはどうしても健全な形とは思えない。

もちろん立場が上にあるとされる人は、細心の注意を払ってコミュニケーションを取る必要があるし、説明能力も一層磨かなければならない。特にスポーツや芸術、職人技のような「閉じた世界」では、指導者が言葉による説明を怠っているように見えるケースも珍しくない。同じ言葉をかけたとしても、信頼関係が出来ていない人にとっては心を傷つけるものになるかもしれない上に、そもそも信頼関係がなりたっているかどうかを見極めるのはとても難しいのに、立場にあぐらをかき、相手と向き合うことをサボっているように見える指導者もいる。実際、独善も多いと聞く。

しかし、人間関係のリスクが強調されすぎると、今度はきっと立場が上の人が一歩踏み込むことをためらうようになる。何事にも理由と説明が必要、という今の流れからは仕方のないことなのかもしれない。けれども、事なかれ主義者や、心はなくとも表面的な理屈だけは通すのがうまい人が評価されるとすると、それはなんか変だ。本気の共鳴のない、浅い人間関係からは、きっとそれなりのものしか生まれない。

誰であっても、人を「最後の決断」にまで追い込むようなことはあってはならない。が、事なかれを嫌う心ある人が「一歩踏み込む」ことを躊躇するような、そんな空っぽな世の中にはなって欲しくない。


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