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洋々LABO > インタビュー > コラム > インタビューで世界の留学先めぐり[4]〜アメリカ・交換留学編〜

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はじめに

こんにちは!この『インタビューで世界の留学先めぐり〜アメリカ・交換留学編〜』に興味を持っていただき、ありがとうございます。
まず筆者である私の自己紹介をさせていただきます。私は慶應SFC環境情報学部4年生で、洋々でメンターとして働いています。そして、現在は慶應義塾大学の交換留学制度を用いて、スイスのベルン大学に留学しています。

これまでの記事で私は『慶應で交換留学をしよう!』というタイトルの下、主に私の体験談をみなさんに共有しながら「慶應の交換留学」の概要をお伝えしてきました。
▶ 過去記事:慶應で交換留学をしよう![第1回]

しかしながら、必然的に慶應大学の留学システムや、私の留学先であるスイスのベルン市の情報が多めで、他の都市、国の留学情報はあまりお伝えできていませんでした。

ですので、これからの記事では慶應大学だけの情報に限定せず、また様々な国・地域に留学した方々にインタビューした内容を踏まえ、みなさんに有益な留学情報をお届けします!

この記事を通して、皆さんが「ここに留学してみたい!」と本能にビビッと刺激できるような国・都市が見つかれば良いなと思っています。

アメリカ中西部

今回はアメリカネブラスカ州立大学に大学の交換留学制度を用いて1年間留学したIさんにお話を伺いました。

大学に入学したらアメリカに留学してみたいと考えている方も多いのではないでしょうか。なぜアメリカを選んだのか、留学生活はどのような感じだったのかなどIさんに聞いてみました。

ザ・アメリカな街、ネブラスカ

ーーこんにちは!今回はインタビューをお受け頂き、ありがとうございます。まず簡単に自己紹介をお願いできますか?

よろしくお願いします。現在、某都内私立大学文系の4年生です。2年生の秋学期から1年間アメリカに留学していました。

ーーなぜアメリカを選んだのですか?

純粋に英語力を伸ばしたかったというのは、まずあります。あと、アメリカには高校生の頃からずっと興味がありました。特に、少人数でディスカッションメインなのが特徴の、アメリカ式授業に魅力を感じていました。アメリカの大学の授業料はとても高いですが、交換留学ならば日本の学費でアメリカの大学で勉強できるので、行くしかないと思いました。

ネブラスカ州を選んだのは、アメリカ中西部がどんなところか気になったからです。

ーー実際留学してみて、ネブラスカはどのようなところでしたか?

よく映画で見るような、中西部のアメリカの田舎という感じでした。私は大学の敷地内の寮に住んでいたのですが、敷地外の近くのスーパーまで徒歩15分でした。15分と聞くとそんなに遠くないように聞こえますが、道中は家しかないので、歩いても歩いても景色が変わらず、疲労感がすごかったです、、、。

寮の近くにある飲食店もファストフードだけで、寮に食堂もないので、健康に生きるには自炊するしかありませんでした(笑)

ーーザ・アメリカ!という光景ですね(笑)

そうですね。バスは一応ありますが、電車・トラムの類は全くないです。基本的に車を持っていることが前提な都市設計でした。私は車どころか、免許もなかったので、どこかに行くのに苦労しました。

スーパーなどは車を持っている友達が買いに行くときに、一緒に連れてってもらっていました。

アメリカ式、少人数の授業で学ぶ

ーー留学先の街について沢山お話を頂いたので、今度は留学先の大学について伺おうと思います。留学中はどのような授業を取っていたのですか?

私は主に定員が20−30人程度の少人数の授業を取っていました。また、留学当時は学部2年生だったのと、最初はそこまで英語がペラペラな訳ではなかったので、200番代の授業を取っていました。

ーー200番代とは?

アメリカの大学では、授業の難易度が100−600番代で表示されています。100番代は一番基礎的な授業で、300番代から専門的な内容となり、500番代は大学院生のレベルの授業を意味します。

ーーアメリカの大学ではそのように授業がレベル分けされてるのですね。履修した授業の中でも特に印象に残っているものはありますか?

プレゼンテーションの仕方を学ぶ授業はとても面白かったです。日本にはあまりない感じの授業でしたね。どうやって良いプレゼンをするのか、じっくり学ぶことができました。

また、授業の内容とはあまり関係ないのですが、授業を受けていて、キャンパス内に様々な年代・バックグラウンドの学生がいることに驚きました。子供を授業に連れてきている”お母さん教授”や、退職後もう一度学び直したいと来ているお年寄りの方もいました。
聞くところによると、州内在住の人は授業料が格段に安くなるそうです。

ーー大学がない日は何をしていたのですか?

金曜日に授業ない学生が多いので、金曜日・土曜日はウーバー(シェアタクシー)に乗って、ご飯食べに行ったりしましたね。私の友達はみんな食べることが好きだったので(笑)

友達の家族がタイ料理屋さんを経営していて、よくお邪魔していました。本当に美味しいんですよ!!!母親が私を訪ねて来た際も、連れていきました。

大学の寮に住む

ーー寮に滞在していたとおっしゃっていましたが、なぜ大学の寮に滞在することにしたのですか?

単純に寮しかオプションがなかったということが大きいです(笑)
他にも、学校の近くのアパート、シェハウス、ホームステイなど一応選択肢はありましたが、車がなかったので、実質大学内に滞在せざるを得ませんでした。大学外に住んだ場合、大学に通えなくなってしまうので、、、。

春、夏はかろうじて自転車で移動できますが、自転車が盗まれる可能性が高いです。留学生の友達の1人は、奮発して高めの自転車を買い、速攻盗まれたと言っていました、、、。

寮は大学が運営しているので、安全というメリットもありました。

ーー大学の寮はどんな感じでしたか?

私が滞在していた寮は、結構古めでした。4人で部屋を分けていて、部屋の構成は、各自個室があって、キッチンは4人で共有、トイレ・シャワーは2人で共有でした。ルームメートはランダムにアサインされます。

ーールームメートはどんな人たちでしたか?

私は前期と後期で部屋を変えたので、ルームメートも変わりました。前期のルームメートとは、あまりコンタクトはなかったですね。アメリカ人の子と部屋が一緒だったのですが、彼女たちはアルバイトをしたり、友達と会ったり、何かと忙しくて仲良くなる暇もなかったかな。

後期のルームメートとは親しい仲になれました。日本人1人と、アメリカ人2人でシェアしていました。決して、毎日ずっと喋ってた訳ではありませんが、共有スペースにいるときには一緒に話していました。

単語帳を侮るな!

ーー英語をIさんがどのように学んだのか、皆さん興味があると思うのですが、教えていただけますか?

できる限り現地の子と関わることが一番ですね。でも、正直なかなか難しいと思います。現地に住んでいる子はアルバイトやら何やらで忙しいです。また、ここだけの話、人種のグループごとのプライド意識もあり、アジア系以外の子と仲良くなることは難しいと感じました。

その中でも、ベトナム出身の正規生と仲良しで、彼女と話しながら学んでいました。

あとは、やってるうちに覚えるってところですかね(笑)授業では、課題がたくさん出ますので、エッセイを書くうちに覚えました。なので、特にすごく何かを重点的に勉強したとはではないです。

しかし、これを読んでいる高校生へ一言。アメリカに行ったからって英語力がつく訳では絶対にないです。基礎があってからこそ。特に、アメリカの大学で勉強するとき、日本の受験英単語は必須です!!!単語帳を侮るな!あの単語帳はすごいんですよ!あの単語帳に乗っている単語を覚えていれば、なんとかエッセイは書けます。私は心から単語帳を高校生時代にやっておいてよかったと思いました。

ーーすごく熱のこもったメッセージ、ありがとうございます(笑)他に、この記事を読んでいる方にメッセージありますか?

今大変でも大学入ったら、高校ではできなかったことができるようになります。行動範囲も広がります。頑張ってください!

ーーIさん、本日はありがとうございました!

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慶應義塾大学環境情報学部4年の光延いのりです。

高校時代に1年間フィンランドに留学していた経験を生かし、SFCにAO入試で入学しました。洋々でメンターをやりながら、SFCの魅力を伝える記事も執筆しています。

SFCでは、ドイツ語に主に力を入れて勉強してきました。

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