人生は積分(微分ではない)

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 少にして学べば、壮にして為すあり。
 壮にして学べば、老いて衰えず。
 老いて学べば、死して朽ちず。(佐藤一斎『言志四録』)

昨今、サブプライムローンに端を発する金融危機の影響で不景気だと騒がれているが、教育業界は元気がいい。

東京都の中学受験率は70%を超えたと言われる。大学全入時代到来と騒がれながらも、国公立やトップ私大における競争は激化の一途をたどっている。「社会に出る前のモラトリアム」と揶揄された大学でも、入学当初から就職活動を念頭に置き、留学をしたり、企業のインターンに参加したり、資格取得に向けた勉強をする学生も多く、ただ遊んでただ飲むだけというこれまでの「大学生」のイメージも覆されつつある。また、社会人も、自分自身のスキルアップに余念がなく、資格取得をサポートする専門学校も隆盛を極めている。こうした動きを受け、大学側も、ここ数年でビジネススクールやロースクールを相次いで開校し、社会人にターゲットを絞ったカリキュラムを強化しているところが多い。
このように、多くの人が自分の意思で「学ぶ」ことに取り組み始めたことは悪いことではない。冒頭の言葉を待たずとも、学ぶことは人間が豊かに活きるための根源だからだ。

しかし、瞬間風速を高めることには余念がなくとも、死ぬまでに自分が出せる価値を最大化する、という観点で学んでいる人は多くないように見える。そして、学びのベクトルも、自らの幸せのためと言うよりも、世の中の評価を高めるため、に見えることが多い。 ある特定の分野に関する知識やスキルを、短期間で習得しようとするその姿勢は「微分的学び」と言ってもいい。

学ぶには自分を知ることが不可欠である。病気にならない体を作りたい人が、プロのスポーツ選手と同じトレーニングを始めても体を壊すだけである。目標を定め、今の自分の力量を知り、その上で自分に合った向上策を考えていく。この姿勢なき学びは、自分の豊かさにつながらない。

ライブドアや昨今破綻あるいは危機に陥っている投資銀行。いずれも、時代の寵児とはやされ、世の中の最先端を走る人たちの代名詞のような扱いを受けていた時期もあった。しかしながら、「利益」や「成長率」という単純な指標の最大化のみに邁進し、彼らは自分たちが目指す方向を見誤った。また、ある意味社会情勢を「楽観的」に捉えるあまり、自分たちのすべきことも見誤った。

世の中からの評価ではなく自らの幸せのために、人との比較ではなく自分の尺度で、強迫観念ではなく自分のペースで学び続ける。こうした「積分的学び」こそが人生を豊かにするためのものである。

老いても学び続けるために。人生は微分でなく、積分である。


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人の成長を支援する「洋々」GM。経営コンサルティング会社A. T. Kearneyにて、Managerとして金融機関を中心に数多くのコンサルティングを手掛ける。また、採用担当者として多くの面接を行うと共に、コンサルタント向け研修プログラムの作成、実施にも深く関わる。金融専門誌への執筆多数。慶應義塾大学経済学部卒。ミシガン大学ビジネススクール・MBA Essential program修了。