「E判定」のワナ

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何かを決断する時、人は多かれ少なかれ確率を意識する。

例えば、受験生にとって模試の結果は大変気になるところだ。特に、冬の声も聞こえ始めた今の時期はなおさらである。「過去の受験生のデータに基づく合格確率80%」を意味する「A判定」を叩きだした場合には非常に勇気づけられるだろうし、逆に、同じく20%未満を意味する「E判定」を食らった場合は絶望的な気持ちになり、人によっては志望校を考え直す人もいる。このように、自分で経験しなくとも、先人達の経験を自分の判断材料に出来るという点で、確率に基づく情報は非常に有用なものである。

しかし、確率を判断の材料とする際に、肝に銘ずべきことがある。それは、確率は「過去」に基づいて算出される、ということである。即ち、過去と同じ前提が将来においても成り立たない限り、その数値には何の意味もなくなるということだ。先のサブプライムローンショックも、こうした統計データの限界がいつの間にか忘れられてしまったことに起因するものであった。また、確率は「他人の結果」であるということも忘れてはならない。模試の判定の場合でいえば、成長カーブの形や模試を受けた時の位置、これから勉強に充てられる時間、更にはその判定を貰ったことによるモチベーションへの影響は人によって異なるはずだが、それは考慮されていない。

「今の時期その判定でその志望校は無謀でしょ」「君の英語力では留学なんて到底無理でしょ」-

親、学校や塾の先生、上司、先輩、そして友人…。確率論に基づいてアドバイスをくれる人は多い。そしてその多くが、反対意見である。もちろん彼らには悪気はない。むしろ、いらぬ苦労をその人にしてもらいたくない一心で、そう簡単にはうまくいかないことを分かって貰おうとしているだけである。しかし、確率はあくまでも、「過去に」「自分以外の人が」歩んだ道程を示したものにすぎない。今活躍している芸能人が、オーディションに受かる確率や売れる確率をどれだけ気にしただろうか。東大卒の人が首相になる確率や、入社した会社で社長になる確率を気にすることにどんな意味があるだろう。

過去の延長線上には未来を描きにくくなった21世紀。「この道を選んで良かった」と後になって思える道はどれか、ということに対する答えは確率の中にはない。また、親も、先生も、上司も、先輩も、友人も、その答えは持っていない。それを持つのは自分自身だけである。

自分にとって譲れないものであれば、たとえどんなに確率が低かったとしても、誰が何と言おうとも、挑むべきだ。

人生を決めるのは確率ではない。覚悟である。


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人の成長を支援する「洋々」GM。経営コンサルティング会社A. T. Kearneyにて、Managerとして金融機関を中心に数多くのコンサルティングを手掛ける。また、採用担当者として多くの面接を行うと共に、コンサルタント向け研修プログラムの作成、実施にも深く関わる。金融専門誌への執筆多数。慶應義塾大学経済学部卒。ミシガン大学ビジネススクール・MBA Essential program修了。