第2回:選択1

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私は今までに多くの選択をし、ここにいる。

ときには間違った選択、良い選択をしたこと両方ある。

その中で印象深い、間違った選択から良い選択に変わった

ことを書いていく。

 話は一年前に戻る。原因不明の病で柔道を辞めざる終えなかった

私は中学のときから視野に入れていたスポーツ推薦がなくなり、

進路に迷っていた。志望校は慶應看護に決まっていたのだが、

そこは私の実力では雲の上の学校だった。進路の先生や、塾の先生、

顧問、友人、親までもが『志望校を変えなさい』と大反対していた。

でも私には一丁前に成し遂げたい夢があり、その夢を実現するには

慶應看護しかなかった。だから私は志望校は変えずにやってきた。

ここまでならよくある話だと思うけど、次に私は大きな間違

いを選択してしまった。それは慶應看護以外、どこも受験しない。という

選択。今思うと本当に危険な選択をしたなと自分でも思ってしまうほど。

この選択をした理由は幾つもの学校を受験できる時間がなかったから。私

は全国トップクラスの柔道部に所属していたため、受験勉強ができたのは

8月の末からだった。推薦入試は、ほとんどが8月〜12月くらいで慶應

看護の書類だけで他に手をつけることができないだろうと

判断しそうした。案の定、慶應の書類は最終提出日まで終わらず

ギリギリの状況で提出した。そして一次の結果発表。私のA方式受験番

号は47番。某人気アイドルグループとかぶりそうになった(笑)

webでの発表がないため、母に見に行ってもらい、

(その頃、私は学校でした)そして、メールを見て一次を合格したことを

知りました。このときは、嬉しいという気持ちよりも二次試験の

対策を考えるのに必死でした。そして二次試験を無事に終え、ついに

待ちに待った結果発表、ここで私はあるミスを犯しました。

最終結果発表なのに自分の目で見に行かなかったのです。

なぜ行かなかったのか未だ謎に包まれています。そして結果を知らせる

メール   つづく。。。

更新:2012-03-17
慶應義塾大学 看護医療学部 (2012年4月入学予定) 三浦高介