第98回:これからのAO入試(5)

前回の続きです。)  

「知識は社会のため、いまこのときに差別に苦しんでいる人びとのために必要なのであり、人々が死に絶えたあとに真実がみつかっても意味がない。多少のまちがいがあろうと、いまこのときに問題に取り組んでいることが必要なのだというのが、喜田の一貫した考えであった。彼はそのとおりにみずからの身を挺して問題にむかい、その死の直前まで奮闘した。」

これは最近私が読んでいる、小熊英二の「単一民族思想の起源」という本の中にでてくる喜田という人物に関する文です。研究者は中立公平の立場に身を置き、偏った価値観にとらわれない立場で社会を分析していますが、その分、具体的な問題に対する行動は控えています。そういった慎重な姿勢は自分には合わないと、差別問題に取り組んでいた喜田という学者は自らの論を積極的に外へ広める活動を行い、差別解消に取り組みました。  

この連載の最後を飾るこの「これからのAO入試」は喜田という学者以上に推測によった論文です。しかしながら、たとえ推測によった部分があったとしても、何かしら具体的な影響を実社会の中に与えていけたらなと思っています。

評価方法の変化  

現在AO入試は様々な大学・学部で実施され、それぞれに特徴的なあるいは類似した選抜方法がとられています。それらは導入当初から全く同じシステムで各々施行されてきたのではなく、多くのの大学・学部で制度の変更あるいは廃止が行われてきています。さらに、早慶MARCHの各学部のAO入試や自己推薦入試を考えてみても、現在に近づくにつれて制度が「安定している」とは言い難く、むしろ現在に近づくにつれて、制度の変化がみられます。それでは、「これからのAO入試」の中では各大学・学部はどういった入試制度をとっていくのでしょうか?  

ここ数週間、大学で行っている研究のために、AO入試に関する学術的な論文に目を通してきました。その数は100~200になりますが、全体的な特徴として、

・東北大学・筑波大学を中心とした国立大学における研究が多い。
・自大学を対象とした分析が多く、大学ごとの比較が、十分に行われていない(行われていたとしても、それまでの研究をまとめたもの程度)。
・合格者を対象としており、不合格者を含めた分析は数例しか見られない。
・受験者数や志望動機を分析したものは多数あるものの、「受験者層」を意識したものがなく、一体どの地域及びどういった高校生がそれぞれの大学を受験していっているのか不明である。
・GPA(大学の単位を点数化したもの)によるAO入学者の評価が行われており、その問題点も指摘されているが、それに代わる入学者への評価方法が定まっていない。
・入学後の「何かしらの成績」のみでAO入試の良し悪しを論じようとしていており、入試がもつ高等学校への影響や格差再生産性を考慮した研究が少ない(推薦入試に関しては、古い研究にそれらを意識したものが教育社会学者によって行われている)。
・自己推薦入試など「ほぼAO入試に近いもの」と「AO入試」が区別されており、AO入試と「名ばかり」ついたものを通して、自己推薦系入試制度全体をとらえようとしている傾向がある。
・AO内の選抜方法(グループディスカッションや小論文など)による、入学者の特性を明確に導き出せていない。
・AO入試「賛成派」による、AO入試を実施することはそもそも前提となっている研究が目立つ。
・塾・予備校を含めた研究がほぼない。
 

もちろん例外も見られますが、ざっとこういったものが挙げられます。大学としては、自大学への合格者を中心とした、自大学のとっている評価方法における研究がやりやすい、またそれ以外の不合格者や大学間の研究がやりにくいことから、こういった傾向が出てくるのは仕方ありませんが、どこか「AO入試の本質」にまだ学問、入試学の分野ではせまりきれていないように感じられます。  

しかしながら、私もふくめた「AO入試により入学してきた」人々が大学の講師、準教授レベルの研究者という職業についていく時代になってきました。そのため、大学側としての視点ではなく、受験生や高校生の立場にたった研究がこれから増えていき、選抜方法、入試制度もより洗練されていく可能性があります。企業の人事部は、企業を気にした人事を実施してしまっているために、やや学歴を気にした保守的な選抜方法をとる傾向がありますが、大学の入試制度は、選抜側が大学の中でも有力なポストについているために、比較的早いスピードで制度変化が行われることも考えられ、企業に代わる日本における総合的な人物評価の先駆者となっていく可能性も秘めています。  

それでは実際、これからのAO入試による選抜はどういった傾向を帯びていくことになるのでしょうか?AO入試に限らず、総合的な人物評価の歴史としては、主に「やる気」や「志望動機」をそれまで評価対象にしていたものが、それでは嘘をつく、その場しのぎの合格者が出てくるとして、「これまでの具体的な経験」を詳細に分析し、個人の特性を過去から評価していくというコンピテンシー評価がとられるようになりました。

日本の公務員試験においても明確にコンピテンシー面接による評価が打ち出されています。私がインタビューを行ったSFC内外のAO入試に携わる教授も最近では、実績をいかに自分なりに解釈し、次につなげられているか?ということを重視する考えをもっている人が多くなりました。そのため、就職活動や推薦・AO入試対策を行っている諸企業の現場でも、ユニークな将来のプランや志望動機というよりは、いかに自らの体験に根ざした実績や考えをアピールできるか?ということを積極的に受講生へ指示するようになりました。

私がこの連載で書いていた志望理由書や面接への対策もその考えにのっとっています。が、その対策が「どの受講生も同じようなことを言っている」ような現象を生み出していく、あるいは生み出している可能性が出てきました。それはそれで悪いことではなく、それまで実力がありながらも、コンピテンシー評価という軸には沿わないアピールを行っている受験生は落とされていたのが、同じ土俵で評価されるようになったと考えることもできます。

ただ、「実績ではなく、いかにして自分なりに考え、行動し実績をつくっていったか?が大事」と皆が認識し、同じ土俵で戦う人が多くなることで、その観点における受験生の「差」が生まれにくくなっていくことが考えられます。  

となると、今度は逆に「志望動機及び大学での研究・活動プラン」の良し悪しを再評価していく現象が起こることも予測されます。AO入試関連の研究の問題として、上に挙げたように、AO入試による入学者の評価方法が定まっていない、選抜方法による、入学者の特性を明確に導き出せていないということがあることから、過去に廃止になった入試方法をもう一度自大学・自学部、あるいは他大学・他学部で繰り返しているような現象がみられてしまう可能性もあります。実際私が現在調べている早慶MARCHの入試制度を見てみると、とある大学・学部で行ったミスを、数年後に他の大学・学部が繰り返しているといったこともみられます。  

が、入試制度が徐々に大学・学部を超えてかたまってくるのであれば、コンピテンシー面接の次の評価方法が生み出されていくことも予想されます。その段階において、私は「わかりやすい実績」が個々の評価において大きなウエートを占めてくる、またAO入試においても、一般入試と同じように現在よりも統一化された評価方法がとられてくると考えます。「分かりやすい実績」とはどういった大会やコンクールで、どういった成績を残したか、またどういった能力や資格を有しているか?ということであり、捉え方によってはつまらない選抜方法といえます。

ただ、対策によって同じようなことを受験生が言うようになってしまうのであれば、言っていることの裏付けがしっかりとしており、箔がついている人が選抜を通ってしまうことは仕方がありません。また、「分かりやすい実績」が評価対象となってくると、AO入試にも大学・学部を超えたある程度の統一的な評価指標が生まれてきて、生まれた指標を逆に大学が利用していく(例えばこの実績以上のもののみ合格とする等)傾向が見られてくる可能性があります。早稲田大学の理工学部においてAO入試が、それまでの総合的な選抜だったものが、一定の実績を求めるようになったことやSFCが特定の実績を示すC方式を誕生させ、その方式における合格者のほとんどを合格させていることに対しては、そういった傾向が部分的に表れたものであるというとらえかたもできます。  

統一化されたAO入試がさらにその先に待っているものは何でしょうか?推測を前提とした推測の域に入ってくるのですが、それは一般入試との統一化だと考えます。AO入試の観点、総合的な人物評価の観点から言えば、一般入試のための受験勉強というものも、総合的な人物評価の中で、個人が「受験勉強」という項目で相対的な実績を残したものといえます。分かりやすく言うと、「学力」というものは現在の教育制度上重視される傾向にはありますが、例えば、野球という「一つの種目」において実績を残す人がいるように、「受験勉強」という種目においても実績を残す人もいる、その二つは決して優劣つけられるものではなく、「学力」という種目で頑張った人が優遇されるべき理由はないということです。

そのため、AO入試の中である程度統一化された実績の指標と、人口が多い「受験勉強」という種目における指標とが比べられ、受験勉強でいうこのくらいの学力とこの実績とが大体個人の能力としては一致している、と判断されるのではないでしょうか?  

もちろん、その時の入試制度を超えた社会的、教育的な構造や、政府による政策によっても大きく制度は左右されることから、ここで述べられたような現象が、私が予言者になったように当たる可能性は非常に低いと思います。が、なんとなく、未来の評価方法を冷静に考えてみるのも、受験生にとっても、審査官にとっても、今の制度に対する取り組み方に変化を及ぼしていくことにつながるものであると思います。  

今週は少し長くなりました。読んでくださってありがとうございます。

次回へ続く


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