第43回:ノウアスフィアの開墾

未分類

「ノウアスフィアの開墾」という論文がある。Eric S. Raymond によって1998年に書かれ、Web上で公開されたものだ。
翻訳版は、
http://cruel.org/freeware/noosphere.html
などで参照できる。

ノウアスフィアとは、Wikipediaによれば、
>ノウアスフィア(noosphere)は、ウラジミール・ベルナドスキーとテイヤール・ド・シャルダンが広めた「人間の思考の圏域」を示す言葉。ギリシャ語のνοῦς(nous, ヌース、精神・思考)とσφαῖρα(sphaira, sphere、球・空間)をかけ合わせて作られた混成語。近年に及んでインターネットにおける「知識集積」の比喩として用いられることが多い。

というものだ。
ヌース(プラトン哲学では、イデアを認識する理性、あるいはロゴス。ストア派哲学では世界を支配し形作る統一的意思であったり、ト・ヘンから生まれた世界を形成するもの。カント哲学では「物自体」)の「空間」だから、今でいうところの「共感覚幻想」、ニューロマンス(Neuromance)的概念な感じがする。

Wikipediaでは「知識集積」の比喩とされるが、どちらかというと「共感覚幻想」、「インターネットコミュニティ」だと思う。

>人類は生物進化のステージであるバイオスフィア(生物圏)を超えてさらにノウアスフィア(叡智圏)というステージへ進化するという、キリスト教と科学的進化論を折衷した理論であった。もちろん、今日ではその理論は科学的には否定されており、実証すらされていない。 ただ、近年インターネットの利用が普及して様々な情報がウェブという形で集積され始めると、「この集積された情報が何らかの知的進化を遂げるのでは」という予測や希望を表現した比喩として用いられ始めた。

とのこと。「インターネットコミュニティ評論」用語っぽい。中にいる自分には何も語れない。

この文書は「承認欲求」という言葉が跳梁跋扈する現在のインターネットを読み解くのに非常に重要な示唆を与えてくれる。「承認欲求」は現在のインターネットの重要なキーワードだ。インターネットと社会学を結びつける重要な言葉だ。

この「ノウアスフィアの開墾」では、オープンソースコミュニティの隆盛を例にとり、その本質にあるハッカーの思想を指摘している。それが端的に言えば「承認欲求」につながってくる。

そして、もはやこの論理はハッカーイデオロギーだけを語ったものではなくて、あらゆるインターネットユーザに当てはまる。

というのも、この論文が書かれたのは1998年のことで、その時代においてインターネット上で`push`することはハッカーにのみ与えられた特権だったからだ。一般的なユーザは`pull`することしかできなかった。情報をダウンロードして読むことは出来たが、情報をアップロードするのは困難だった。

しかして今はWeb2.0だの3.0だのといった概念が飛び交うノウアスフィアが、ハッカー以外のあらゆる人間の周りに広がっている。誰でもどこからでもインターネットに自分のステートメントを`push`できる。

だから、今この論文を読み返すことで、

* 人はなぜ「Yahoo!知恵袋」で熱心に回答活動をするのか?「ちえコイン」は換金できないのに。
* なぜソーシャルネットワークは人を引きつけるのか?
* 匿名ネットワークはなぜ廃れていくか?

といったことが議論できるようになる。(はず)

更新:2013-09-13 慶應義塾大学 環境情報学部 中園 翔