第15回:ビジネスと自分
久々に建築以外の活動をしたので記す。
昨日は昼から半日の間、友人の誘いで慶応ビジネスコンテストKBCのワークショップに顔を出した。今回はリクルートの協賛により執り行なわれ、リクルートの目標やそれにそった事業体制、その中で働く一社員の体験談などの話から開会された(想像以上にリクルート色が強く抵抗を覚えたが、KBCの内事情と理解)。今回は彼らの出した課題「ソーシャル×広告」というテーマについて事業制作をするというディスカッション兼プレゼンテーションの企画で、1グループ5人単位で実施された。内容はともかく、その中で僕がビジネスについて気付いたことを書きたい。
父親は医者、母親はカメラマン。そんな家庭に生まれた自分はこれまでビジネスという世界に触れる機会が皆無だった。最近になりやっと若干の興味と好奇心に押され徐々にビジネスの世界に気付くようになった。米有名企業EOや資本主義世界を代表する建築家からインスパイアされながらビジネスの原理や法則、実例などを不器用ながら本や人伝いに知り、自分のビジネスへのフォーカスがかなり合ってきた。
しかし熱中する反面、どこかでビジネスの端的で完結していて効率性や経済性や合理性に重点をおいて目的を達成しようと突き進む姿に反感を抱くようにもなった。そして今回のワークショップにおいてその感覚がある程度自分の中に具象化したと感じる。この状況の中で、建築という自らが選んだ道を行くことへの不安から、ビジネスという道へ好奇心という名のもと敵前逃亡を図る自らの姿に出会った。それは僕に建築に専念することを再発見させ、また自分の特異不得意を再認識して目標やto-doを見据えるきっかけにもなった。
近年の特徴であるような気がすることがある。それは小さな範囲、期間、規模で成功(ビジネスの場合収益をあげること)をすることに囚われた結果、広い又は長い眼で見たときの総体的な結果は非成功になるという現象だ。これはビジネスに限らず、僕のいる早稲田でも自身の思考でも家庭でも、多くのシーンで今課題となっていることではないかと感じる。個の利益ばかりを追求することは総体的な世界において激しいエネルギーの浪費となる。何かしらのカタチでこの進みすぎた世界の資本主義を乗り越え、特に日本に関して言えば過去のカタチへ回帰すべきなのではないだろうか。
早稲田大学 創造理工学部建築学科 佐藤鴻