第41回:春休みで学んだこと(2)

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伊勢の凄さを言葉で伝えることはなかなか難しい。それはあくまで一連の体験としてあるからだ。映画を見る時に例えばそれはあらわれているだろう。映画館に出向き、チケットを買い、ポップコーンやドリンクを買い、トイレに行き、座席を見つけ、コマーシャルや注意事項のビデオを見る。そこでやっと本編が始まる。その一連の体験は映画館でしか味わえない何とも言えない高揚感と期待感の入り交じった状態へと僕たちををいざなう。そして映画が終わり、照明によって終わりが告げられ、席を立ち、ゴミを捨て、トイレに行き、来たときと同じ所作を済ませて現実に帰ってゆく。

僕たちが無意識に生きている日常には実は、古くからあるシステムやルール或はもっと原初的なものによって、その文化性は脈々と継承されている。多くの日本人が忘れているであろうそういった文化の声が、伊勢の神宮には響き渡っていたのだ。あれ以来僕はその小さな声に耳を傾けるようになっている。文化とは社会であり、政治であり、経済であり、生活であり、人であり、そして自らのことだ。この国は1500年前にあの伊勢の神宮ができたころから、複雑に多面的に多事象的にその文化を展開させてきた。今この国の文化はつかみ所の無いように感じる。しかしながら、その中で健闘している人々を見ていると、彼らにはそれがしっかりと感じ取ることが出来ているようなのだ。文化と、その解釈と、そしてそこへの打ち手がうまく合致したとき、素晴らしいモノやコトが生まれるのではないだろうか。

更新:2012-04-23
早稲田大学 創造理工学部建築学科 佐藤鴻