第12回:新しい大学選択とは?
今年度の大学もほぼ終わりを迎え、この連載も最後の記事となりました。何だかあっという間であった気もしますが、この連載の企画を練った頃や、教授のもとへインタビューに行った時を思い出してみると、1年間という長い期間を過ごしていたんだなと感じます。今回は今までの総集編となりますが、この連載で見つけていきたかった、またこの連鎖のタイトルであった「新しい大学選択」とは一体何であるかを考えてみようと思います。
第1回の記事では、「企業行くなら経済学部」といった一義的な考え方やそれによって起こる「結局大学行っても意味なかったよね」という意見を挙げながら、それでも大学が必要な意味って何だろうと考えていくことを示しました。「問題の本質を発見し、解決する、そのプロセスとして実際に自分の足で情報を集め、それらを多角的な視点から検討し、一つの形にまとめあげ、表現(プレゼン)することで人々の合意をとって巻き込み、実行する」場としての大学をもっと伝えていくことで、高校生に新たな視点で大学を選択してもらえれば、これが当初考えていた「大学の在り方」であり、その在り方に対して、現在の大学をとらえなおしてみるという試みを始めました。
前半では、5人の教授にインタビューを受けていただき、「大学とはどういう場所であるべきか?」ということに関して聞いていきました。色々な言葉を与えられ、その全ては過去の記事を見ていただきたいのですが、玉井教授の言葉に凝縮されていたように思います。
――第6回 玉井清 慶應義塾大学法学部教授インタビューより――
・法学部は日本の中でどういった姿をしていけば良いと思いますか?
パンフレットに書かれるような文言に従えば、「社会に有益な人材を育てる」ですが、そんなことは当たり前でしょう。私は、あまり学部は関係ないと思っています。勿論、専門知識を深めることは重要ですが、大学ですぐ役に立つことを学ぶことは期待しない方がいいと思いますよ。「すぐ役に立つことは、すぐ役に立たなくなる」、これはいつも学生に言っていることです。法学部で学べば法律に詳しくなるので、社会に出てすぐに役に立つ、商学部だとマーケティングを勉強しておけば、すぐ販売戦略を考える際に役に立つ。確かに、そうした側面を否定するわけではないですが、それだけを目的にする考え方はどうなのかと思います。私のゼミの学生でも、会社入って企業法務にまわされる者もいるわけです。同じ法学部でも、政治学科の学生は、法律学科の学生より、10歩も20歩も遅れているかもしれませんね。しかしながら4、5年経てば、どうなるでしょうか?いくら法律を学んでも、大事なことは、どの法律をどのように活かしていくか、分かっていないと駄目です。あるいは、そもそもこの問題を法律の力を借りずに解決できないか?全て答えのない応用編といってもいいかもしれません。その応用問題に対応できる能力、それが大学で学ぶ意義の一つであるかと思います。そのために、自分が知的好奇心を持てる分野を、問題を探し続ける。それが大学という場です。
・本来、どういった進路選択をして高校生は法学部を目指すべきだと思われますか?
その問いは一番大事なことで、法律を学べば弁護士、といった風に普通は考えると思います。でも実際に弁護士になる人は限られているわけです。高校生に伝えたいことは、確かに、各学部専門はありますので、その学問の性格はきちんと理解していくことは必要でしょう。例えば、慶應の法学部は、法律と政治の学科に分かれていますが、学問上の性格は相当異なるといった方がいいでしょう。しかし、他方において大学は非常に開かれた学問をしているということも知って欲しいと思います。例えば、私のゼミでは近代日本政治史を専攻していますが、相撲、宝塚、パン食、英語雑誌まで、色々なことが卒論のテーマとして成り立っていきます。興味のある人は、私のゼミのホームページをのぞいていただければと思います。「慶應」「玉井研究会」のキーワードで検索すればヒットするはずです。今は、色々な先生が、あるいは色々なゼミがホームページを立ち上げていると思います。自分の興味のある大学、勉強したい分野があれば、そうしたホームページを閲覧することをお勧めします。そうすると、大学のパンフレットに書かれた以外の非常に生きた情報を得ることができると思いますよ。どのような研究をしているのか。そうすると歴史を学びたい人は、文学部の史学科だけがその選択肢でないことがわかるはずです。歴史だったら文学部、法律だったら法学部、マスコミやジャーナリスト、政治が好きだったら政治学部、そうじゃありません。法学部に行ってもジャーナリストになれます。例えばジャーナリズム学科というものがあっても、そこを出た学生が有能なジャーナリストになれるとは限らないと思います。一つの分かり易い選択の仕方なので、そうした選び方自体を否定するわけではありませんが、違った見方もあるということは知ってほしいと思います。例えば、私の所属する法学部政治学科の場合、政治を主軸に研究を進めますが、教員一覧を見ればわかる通り、そのアプローチの仕方は、法律、経済、文化、社会、歴史とさまざまです。私の経験から言って、何を勉強したいのかなんて分からないことは多い。高校の段階で分かっている人は1割もいないだろうし、大学入ってからも色々と変わります。勿論、何をどのように勉強していたいかが分かっている学生は、どの先生につくのが一番いいのかと考え大学学部を選ぶ、それは理想の選び方だと思います。それは、非常に立派な選び方ですね。私自身、そんな立派な受験生ではなかったので、敢えて言いますが、本当の意味で、そうした選び方ができる人は、1%もいないと思います。
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学ぶということを、知識を得るということにしかとらえられていない高校以下の教育では、大学もそのように考え、何かしら自分の将来と関係ありそうな名前がついている学部を選びがちです。が、実際は「学部は関係ない」のであり、「大学ですぐ役に立つことを学ぶことは期待しない方がいい」「応用問題に対応できる能力、それが大学で学ぶ意義」「自分が知的好奇心を持てる分野を、問題を探し続ける」といった答えがそこに潜んでいました。 ただ、「応用問題に対応できる能力、それが大学で学ぶ意義」「自分が知的好奇心を持てる分野を、問題を探し続ける」こういったことは、何も「研究」という分野においてのみなされる必要はないと思っています。私の通うSFCのようにビジネスやデザインにおいて、問題を探し、解決していくことは下手な研究よりも十分価値のあることですし、さらには音楽や美術といった、一般的な大学にはない分野でも実践できる。大学の外のNPOや海外の活動で見つけ出すこともできる。何も「大学」だけが社会の入り口であるべきではありません。けれども、今の社会はある程度の安定した生活を手に入れるために、大学、もっといえば有名大学に通うことを求めてきます。「研究」を行うために作られた大学も、そういった学生の事情を考え、多様なニーズにできる限り答えていける必要性があるのかもしれません。
さらに言うと、何も「オンリーワンな研究、プロジェクトに向かって頑張る」ことだけが「当たり前で良いこと」でもありません。リスキーなことをしなくても、ある程度の就職をして、ちゃんと家庭をもつことも、多くの人にとっての幸せです。大学には色々な人が入ってくる以上、たとえSFCのように「オンリーワン」を謳っている大学であっても、個々の価値観とそこから生まれる努力の大きさそれぞれを否定することなく、対応した教育を行えるようにする必要があります。どこかで「縛り」をかけてしまった瞬間、人はその「縛り」をこなすことを目的としてしまい、結局大して必要のないことを身に着けるだけに終わってしまいます。大学側からは何も「縛り」を与えず、自分の人生の中で、大学をいかに利用させるかを常に考えさせる主体性を身につけさせること、そしてその主体性から生まれてくる様々なエネルギーを受け止めていくことが大切ではないでしょうか。またこの連載の後半で紹介した私が高校のうちに知っておきたかったこととして、
・官か民かという選択肢
・富や名声だけじゃない理由は?
ということを紹介しました。なんとなく陥いりがちな富や名声主義、そして官じゃなきゃだめ、民じゃなきゃだめ、という考え方はよく考えてみると違うかもしれない。大学は、個人を尊重すると同時に、個人に多様な選択肢を提供できる環境になければいけないとも思います。
さて、今回の記事は、新しい大学選択というよりは、新しい大学の在り方という感じになってしまいました。が、現実にはそれぞれの思ったような大学はそうないと思います。まず、連載で紹介したような大学が求めているものを知った上で、一方でその大学の理念を絶対視し大学の与えるタスクをこなすことで満足せず、自ら人生を選びとっていく主体性を失わないことを忘れないでおく。これが今結論付けられる大学選択です。自分が思う理想の大学と現実の大学にあるギャップを埋めるのは自分自身です。また、学歴再生産のところで紹介したように、知らないうちに何か大きな社会構造に自分の夢がかたちづくられていなかったも考えることも大切です。「個人を大切にした」という言葉の中には、いつのまにか何かに規定されている「個人」を正当化している怖さがあり、何ものにも規定されない自分で選択していくことが必要です。
1年間ありがとうございました。まだ半分ちょっとしか大学を過ごしていない、またほんのわずかしか大学を過ごしていない私がたどりついた結論は、まだまだ今後練られる必要があると思います。この連載がここを読まれている方の何かしらの参考になれば幸いです。