第643回:一人呑み①

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今年の5月くらいから、僕はとうとう一人呑みを覚えてしまった。

昔から、と言っても村上春樹を読み始めて以降だから高校生くらいから、静かなバーで一人で呑むという行為に憧れがあった。村上春樹の小説に出てくる20歳以上の男は、話の中で少なくとも一回は一人でバーにフラッと立ち寄って酒をちびちび呑みながら考え事をするのだ。そして、たいてい何か簡単な食事を頼むのだけど、たいてい「パサパサしていて味がない」あるいは「頼んでからお腹が空いていないことに気がついて」食べきらずに店を後にする。

憧れてはいるものの、もちろん僕が最近覚えた一人呑みは、まだそこまで洒落たものではない。通勤路の途中に、5月のゴールデンウィーク明けからからオープンしたカラオケバーに一人で行くようになったというまだまだ可愛いレベルだ。

その店ができた時、まず思ったのは「なんでこんなところに?」だった。どこの駅からも1kmくらい離れた、人通りも多くない、暗い住宅街の真ん中に突然誕生したのだ。毎日その前を通りながら「行ってみたいけどな・・・一人だしな・・・」と足踏みをすること1週間、会社の仲間と五反田で呑んで少し酔っ払った帰り道、勢いに任せて門を叩いたのが最初だった。店は思ったよりも広く、入り口から奥に伸びる長方形。奥にコの字型のカウンターが10席程度あり、そこがメインの空間のようだった。その手前にはこういう店では少し珍しい余白スペースがあって、壁側にギュッとボックス5席、その逆側に半径50cmくらいの狭いカラオケ用ステージがあった。若い女性の一人店員で、その時は客も一人だけカウンターの隅に座っていた。どうやらその店員と客は旧知の仲であるらしく楽しそうに話していた。急に入ってきた僕を、二人とも少し驚いた様子でしばらく眺めていた。

「一人で、初めてなんですが、いいですか?」

5月10日、Mr.Childrenのデビュー31周年の日に、僕は一人呑みデビューを果たした。(もちろん5月10日を狙って行った訳ではない。僕の入れた角のウイスキーボトルに、その日付の書かれたボトルキープの名札を掛けてもらった時に気がついた。なんとなく嬉しくて、その後何本かボトルは入れているけれどその名札はまだ掛けてもらっている。)