第11回:細胞分裂の時代

未分類

細胞分裂の時代である。
世の中のあらゆるものが、細胞分裂に向かっているのだ。帝国主義は終わり、グローバリゼーションではなくグローカリゼーションが推し進められ、誰もがコンピュータ端末を持ち、個人の自由が何よりも尊重される。

「自律・分散・協調」という言葉が、SFCでは用いられる。今あげた、「細胞分裂」の例とだいたい同じだ。あらゆるものがスタンドアローン(=自律して)動くことができて、分散した機能を持ち、かつネットワーク化している、ということ。
難しく言うと、「独立したサブシステムの集合が、全体としての振る舞いをすること」だ。

たとえば。人間の身体は、多くの細胞の集合で出来ている。森の中を裸足で歩いていて、枯れ枝で足を切ってしまったとしても、それが致命傷とはならない。人間が多細胞生物で、細胞はそれぞれ自律・分散・協調しているからだ。足の細胞は傷つけられるが、分散しているから身体全体に傷つくわけではないし、協調している他の細胞がすぐに修復に行くだろう。

これと同じで、コンピュータや、社会のあり方や、個人の生活など、あらゆるものが「自律・分散・協調」を目指すモデルが、SFCの推進するものであると思う。コンピュータのことにしてもそうだし、社会のあり方にしてもそう。単細胞生物ではなく多細胞生物になれば、ちょっとの傷でも大丈夫だし、うまく適応して生きていける。

もはや、人間のココロ、心理学についてもそういう分析が行われていて、「人間はそもそも多重人格で、たいていの人間が平均して7〜10の人格を使い分けている」などといった研究もある。嘘か真かはわからないが、少なくともひとつの人格で生きていくよりは、社会に適応できる形なのだろう。

しかし、自分の身体は複数あるわけではない。いろんなところにアカウントをどれだけ持っていても、身体はひとつ。

その感覚を変えてしまったときに、細胞分裂の次の時代がやってくるのではないか、と僕は思う。

更新:2012-09-14 慶應義塾大学 環境情報学部 中園 翔