第16回:エネルギーを集めましょう

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熱力学の第二法則という有名な法則がある。「断熱系において不可逆変化が生じた場合、その系のエントロピーは増大する。」
などといったさまざまな表現で語られるが、その意味するところは全て同じだ。
つまり、「エネルギーは一方向にしか移動しない」ということ。そして、「その時、エネルギーは散逸する」ということ。
あらゆるものが密から疎に向かうということである。水に塩を入れてしまったら、塩だけを取り出すのにはまた蒸発させるためのエネルギーが必要だし、その時、気体となった水分をうまく集めても、それを水に液化させたとき、もとあった水分量と一致することはほとんど無いだろう。
火力発電で発電された電気エネルギーは、発電のための火力エネルギーより必ず少ない。
 
この宇宙は熱力学の第二法則に従って動いており、この宇宙自体も、ビッグバンを契機に常に散逸し続け、エネルギーを発散し続けているらしい(一説によれば、いまから10のマイナス32乗秒後の宇宙では、エネルギーを放出しきった状態(完全に安定していた閉鎖系)であったらしい。そして、今の宇宙もまた、その状態に向かって膨張しているというわけだ)

こういうスケールの大きな話ではなく、身に覚えのある話としては、人間の身体そのものがそうだ。生きていくためにどれほどの生命を摂取するのか(肉だけに限れば、人間の一生では平均して2トンほどー豚30頭ほどだそうだ)、とか、自分の部屋はなぜ、たいして使っていないはずなのに掃除をしないと汚くなっていくのか、ということを考えれば、この宇宙の「非効率」もわかるというものだ。人間の身体は常に暖かく、熱を発散しているが、これこそが第二法則ということだ。
逆に言えば、人間や生命は「負のエントロピー」と言われることもある。エネルギーを集束した存在だからだ。

しかし、エネルギーが散逸されるからといって、そこで放出される余剰エネルギーが、使い物にならないというわけではない。そういう研究テーマは多くある。

たとえば、新宿駅の改札口は、地下に感圧パネルが埋め込んであり、人が床を踏む振動で発電を行なっている。これはSFCの研究により開発されたものだ。
ほかにも、音の振動で発電をしてみたり、寝返りで充電してみたり……。人やモノから放出されるエネルギーを、なんとか拾い集めようという発想はとてもエキサイティングだ。
ほおっておけば、どんどん散逸して、冷たくなっていってしまうエネルギーだから、使わない手はない。疎から密へ、少しでもエネルギーを集束していく。これが人間の基本的な命題だと僕は思う。

更新:2012-10-27 慶應義塾大学 環境情報学部 中園 翔