第314回:車の芳香剤
「あれ、ここトイレだっけ?」
と僕の車の匂いをバカにしてくるやつがいる。こんな失礼を言えるのは、もちろん柔道部の同期である。
ここでの匂いとは、つまり車に置いている芳香剤の匂いである。いわゆるトイレのクサい匂いのことではないので安心してほしい。
僕はたいてい自分の車に、ドン・キホーテで買った、葉っぱの形をしたぶら下げる型の芳香剤を置く。匂いの種類に関して多少の好みはあっても、特別こだわりはないので、いつも適当に鼻に止まったやつを選んでいる。
だから、適当に選んだそれをトイレの芳香剤だと馬鹿にされても、それほど心外ではない。まぁそう言われればそうかな、程度だ。ただ、彼を車に乗せる度、あまりに何度も何度もトイレと勘違いされるもんだから、ある日、
「じゃぁドン・キホーテに連れて行くから、好きな匂いのものを買っていいよ。」
と、彼と一緒に店へ足を運んだ。
目黒のドン・キホーテには、僕がいつも使う葉っぱ型の芳香剤が20~30種類ある。その失礼な同期は熱心に一つ一つの匂いをチェックしていく。僕は彼の自由に一つを選ばせた。
店からの帰り、助手席に座った彼はさっそくその香りの葉っぱを設置して満足気。僕が今まで付けていたやつを「ざまーみろ」と言わんばかりにゴミ箱にねじり込んだ。
しかし、それから数分も経たないうちに、いきなり息苦しそうに窓を開けた。どうやら彼の好みの匂いも、いざ使ってみたらイメージと違ったようだ。
それから、一か月くらい経つ今日この頃、相変わらず彼は自分の選んだ匂いに苦しめられている。僕の車に乗ると、たいてい窓を開けて深呼吸している。窓を開けられないトンネルや高速では、まるで窒息しそうな顔をしている。僕としては、こだわりが無いぶん大した「ざまーみろ」感はないけれど、その自滅する姿が面白い。
芳香剤の説明書きによれば、あと数週間で匂いが切れるはずだ。そしたらまた彼を連れて買い物に行こう。今度はどんな香りを選ぶか楽しみである。