第324回:男三人山梨旅④~温泉前編~
パワースポット“昇仙峡”からロープウェイで下山し、麓のお土産屋さんを物色した。ちょうどいつも柔道部のお世話をしてくれている方の誕生日が近かったから、プレゼントに金運の上がる数珠ブレスレットを買った。店員のオバちゃんが「パワーストーン」だなんだと語ってくるのがちょっと胡散臭かったけれど、これで当分はその方の会社も我が柔道部も経済面においては安泰のはずだ。
車で山道を下っている間に陽は沈み、甲府の街に戻ってきた頃には夜が始まっていた。昼飯を空振りし、クレープしか食べていない僕らは、Kお勧めのつけ麺屋と定食屋をはしごしてパパッと腹を満たした。
結局この日はうどん屋が全滅で、当初の目標の一つである“吉田うどん”なる山梨名物の一つを食すことは出来なかった。僕とNにそれを食べさせられなかったことをやたら悔しがるKに「そんなに美味いのか?普通のうどんとそんなに違うのか?」と聞くと彼は大きく頷き、
「普通のうどんとは弾力が違う。初めて食った時はゴムかと思う。でも3・4回食ううちに段々美味くなって癖になる。」と言う。
僕は、それは残念だったねぇという意味の「ふーん」を言ったあと、よくよく考えて聞いた。
「つまり初めて食べる俺とNには、少なくとも今日は美味くないってこと?」
「そうやで!だってゴムだもん。」
と自信に満ちた言葉が返ってきた。そう言われると興味が沸いてきたが、とりあえずその日行けなかったことはさほど残念でなくなった。
定食屋を出た我々は山梨での最後の目的地、ほったらかし温泉を目指して動き出した。ホームページによると温泉は21時半最終受付・22時営業終了とのこと。夜飯二軒目の定食屋を出たのが20時半。少し急ぎ目の移動になった。計画性の無さが滲み出る。甲府を出発して15分ほどで、真っ暗な山道に差し掛かった。ほったらかし温泉がどういうものか把握していなかった僕は、ここでようやく目的地が「山の上にある温泉」であることを察した。山道とは言っても、昇仙峡へのような道ではなく、両サイド果樹園に囲まれ、綺麗に舗装された坂道である。“山”と言うより、“大きな丘”といった風情だ。延々と続く果樹園を見て、今日のやりたいことリストにあった“モモ狩り”が未遂に終わったことに気付く。営業しているうどん屋探しなんかに時間を割かずに、こっちに来れば良かったと少しだけ反省。
大きな果樹園を抜けると舗装も途切れ、道の雰囲気がいわゆる“山”になってきた。僕の車のナビにはこんな細い山道はインプットされていないようで、何も描かれていない地図の上を矢印が移動するだけになった。本当にこの先にそんな有名な温泉があるのかと不安になったが、ちらほらと行き来する車がいるので、とりあえず進む。真っ暗で舗装も十分にされていない道、どうしても慎重な運転になりスピードも落ちる。後ろからオーバーライトでやたら煽ってくる車が来る。少しイラッとしたけど、仕方がないから先を譲る。温泉に行くのに何をそんなに焦るのか、と大人な心でまた慎重に先を目指した。