第634回:街とその不確かな壁 読了
だいぶ温めてきた村上春樹の新作「街とその不確かな壁」をこの前読み終わった。4月末くらいに買ったから、約3ヶ月かけてやっと読んだことになる。今回はなんとなく早く読みたいという気にならなかったし、語り合う仲間も周りにいない故に急いで読む必要性もなかった。1週間に一回くらい訪れる上手く眠れない夜に、1時間くらいずつじっくり丁寧に読んだ。
今回の本も、だいたいの村上春樹小説と同じようにストーリーというストーリーがなく、淡々と物事が進んでいった。その淡々と進む物事が、例によって周りくどい文章で書かれている。大抵の人は途中で飽きてしまうんじゃないかと思うような。それでも僕は、いったいこの話はどこに向かっていくんだろうと少なからずワクワクしながら読んだし、結局どこに向かっていたのか分からないまま読み終わった後もちゃんと満足感があった。こうやって冷静に感想を述べると不思議だけど、少なくとも僕に対して、村上春樹の本にはそういう力があるらしい。
また今回の読書で割とはっきり感じたこととして、彼の小説の主人公(だいたいが男性な気がするけど)は往々にして孤独だ。もちろん恋人的な人(あるいは想い人)がいたり、1人2人くらい友達がいたりすることもあるけれど、だいたい一人で生きている。そのことが僕を不思議と勇気づける。読んでいると、なんとなくタフになった気がする。自分もしっかりと自分の頭で考えて、誰かに流されることなく自立して生きていこうという気になる。なんなら一人で洒落たバーにでも行って、ビールをちびちび飲みながら考え事でもしようかなと思ったりする。幸か不幸か、直近僕にはゆっくり腰を据えて考えないといけないような問題がないから、そんなことはしないのだけど。
余談だが、今回の本には村上春樹にしては珍しく(自分でそう書いていた)、”あとがき”が付いていた。そこでいかにも彼らしい周りくどい文章があって笑ってしまった(以下、引用)。
「コロナ・ウィルスが日本で猛威を振るい始めた2020年の3月初めに、この作品を書き始め、3年近くかけて完成させた。その間ほとんど外出することもなく、長期旅行をすることもなく、そのかなり異様な、緊張を強いられる環境下で、日々この小説をこつこつと書き続けていた。まるで『夢読み』が図書館で『古い夢』を読むみたいに。そのような状況は何かを意味するかもしれないし、何も意味しないかもしれない。しかしたぶん何かは意味しているはずだ。そのことを肌身で実感している」
僕が笑ってしまったのは「そのような状況は何かを意味するかもしれないし・・・」のところ。思わず、意味するの?しないの?どっちなの?と言いたくなる。これも僕の、おそらく大概の人には理解してもらえない村上春樹の楽しみ方の一つだ。