第657回:別れ④
と、まぁそんな使いものにならないガキを、その上司は厳しくも厳しく根気強く育ててくれた。手取り足取り丁寧に、というタイプではなく、適度に「自分で考えてやれ、分からなければまず自分で調べろ」のスタイルで、今思えば僕にはよく合っていたんだと思う。割と怖かったし。
この人の言葉で、今でも僕の心に残っているものが2つある。
一つは「IRという仕事は、社長や役員と距離が近い。だからと言って、自分が偉くなったなどと決して勘違いしてはいけない。営業や事業の現場で頑張ってくれている他の社員あってのIRなのだから、絶対に現場に偉そうな態度は取るな」だ。もともと僕は柔道部という特殊な経歴の中、社長や役員とは距離が近かったし、それによって偉そうな態度を取るような人間ではないけれど、会社という組織の人間関係のベースを学んだ気がした。自分が勘違いしていなくても、おそらく周囲は「偉そうに」と思うだろうな、という要素を徹底して排除した。必要以上に現場には謙虚で親切にいようと心に決めた。
もう一つは、上司が新卒採用の面接か何かに駆り出された時の話。面接している子に「IR担当の資質は?」と聞かれ「会社を好きでいられるかどうか?かな」と答えたらしい。一見薄っぺらく聞こえるかもしれないし、見方によっては社畜っぽくて嫌だと思うかもしれない。だけど僕には妙にしっくりきた。本質的だと思った。ここで語っても仕方ないが、自分の嫌いな会社のことを投資家や株主に真面目に説明するなんて、馬鹿馬鹿しくてやっていられないだろう。会社を好きでいること、IRにとって何より大事だと思った(逆に言えば、嫌いになったら辞め時だと思った)。
そんな上司がこの12月でいなくなってしまった。最後に、上のようなことを簡単にスピーチする機会があったが、少し泣きそうになった。昔は割と別れとか卒業とかに弱くてよくメソメソしていたけれど、この歳になって増してや柔道関係以外の別れでそんな大きな感情が訪れるとは、自分でも少なからずビックリした。すごく寂しいけれど教わったことと感謝の気持ちを忘れずに、この会社を良くしていくためにもっと頑張ろうと思った。
たぶん人間みな、今の自分を形作るのに欠くことのできない人や場所や経験がある。それがなければ今の自分はもっと違う人間になっていただろうな、というやつだ。その観点で言わせてもらうと、この12月で別れた2つは僕にとってそれにあたる。スナックは僕にお酒の飲み方、楽しみ方を教えてくれたところだし、上司は僕に仕事の仕方を教えてくれた。どちらも出会っていなければ今の僕は、かなり違った僕になっていたに違いない。そういう僕のルーツ的なものって、例えば何か過ちを犯した時、責任を負わされがちだ。酒で失敗すれば「あいつ、酒を教わったのあそこだから」とか、仕事で失敗すれば「あいつはあの人の下で育ったから」ってやつだ。凶悪犯が出ると「あいつの親は・・・」とか言われるのと同じだ。逆に言えば、僕が成功をした時に讃えられるという側面もある。「やっぱりあの人は流石だ」と。だから僕は、そういった僕の人生に多大なる影響を及ぼしたもの・人たちを勝手に背負って成功を目指すことにしている。恩返しとは少し違うかもしれないが、僕なりの感謝の伝え方だ。だからこの先も、期待して見守っていてほしい。そんなことを思う2023年最後の日である。