第707回:正月の乱②
意識があるんだかないんだかの酔っぱらいに「あの、その自転車僕のなんですけど、返してもらっていいですか?」と丁寧に呼びかけ、立ち上がらせてあげた。年齢は僕と同じか少し上くらい、 身長 170cm弱・体重 65kg ぐらいかな。だいぶ深酒をしたらしい、コートには上下逆に腕を入れているし(裏表じゃない、上下逆だ。フードが腰のあたりに来ていた。)、フラフラしているし、手から出血までしてやがった。そしてその血が僕の自転車のハンドルやらサドルやらに付いていた。人生柄、そういう出血なんて見慣れたものだが、訳の分からないやつの血が自分の持ち物にベタベタ付いているのは流石に気持ちが悪かった。
自転車盗まれそうになって、血まで付けられて、それでもだいぶ紳士に対応している僕に対して、酔っぱらいは「なんだお前」の態度で自転車を手放そうとしなかった。力づくで何かして、後々トラブルになるのは絶対に避けたいから無理やり引き離すのも気が引け、仕方なく 110 番通報した。
110 番通報ってみなさんはしたことあるだろうか。テレビなんかで見慣れ聞き慣れしているから、なんとなくやったことある感覚でいたけれど、多分僕はこの時が初めて 110 番通報だった。「事件ですか?事故ですか?」と言われて、「おお、聞いたことあるやつだ」なんて呑気なことを思いつつ、果たしてこれは事件なのか事故なのか分からずにとりあえず事情を説明した。
通報してから警察官が駆けつけるまで、多分 10 分くらいだったと思うけど、この時間は辛かった。酔っぱらいと二人きり、訳の分からない言葉に適当な相槌を打っていないといけない。最初オラオラで当たって来たそいつも、徐々は意識がハッキリしてきたのか、多少大人しくなったけれど・・・それでも最初強気でいたのを急に崩すことはできず「お前いいやつだな!」みたいな偉そうなことを連呼された。 「テメェが思うより相当いいやつだよ。我ながらお人好しが過ぎるよ、俺。」と心の中で思った。