第130回:日本柔道

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相変わらず夜遅くまでのオリンピック観戦で、寝不足な日々が続いている。バドミントンが無気力で困ったり、ボルトが速くて嬉しかったりしながら毎日刺激をもらっている。たくさんの感動の中で、やっぱり改めて柔道について色々と考えてみる。プレーヤーとして、観戦者として。

まずはプレーヤーとして。
日本男子柔道は今回、とうとう金メダルを一つも獲ることが出来なかった。最終日の試合が終わった時は、どうしようもない無力感でいっぱいになった。代表として戦っていた人たちの強さは、我々が一番身近で見、実際に肌で感じてきたのだから。どこにでもいる知ったかぶりのヤジ馬たちはそれぞれ自分のフィールドで、あーだこーだと原因を議論しているようだが、僕が思うのは、「 日本柔道が弱くなったのではなく、海外勢が追い付いて来た 」 ということ。少し落ち着いて、嘉納治五郎先生が造った 「 柔道 」 として考えれば、これほど嬉しいことはないのだが ・・・ やっぱり自分が日本で柔道している以上、これほど怖いことはない。もう日本で一番は世界で一番の時代ではない。これをしっかり肝に銘じて、上を目指して行かなきゃいけない。

そして観戦者として。
金0個を受けて、ずいぶんと柔道は叩かれたようだ。いつの時代も世間はアスリートに厳しい。勝てば官軍、負ければ賊軍とはよく言ったものだ。ネットの掲示板が荒れている、ことに対して僕のツイッタータイムラインは荒れていた。
「 何も分かっていないくせに、日本柔道が終わったとか言うな ! 」
「 じゃぁ代わりにお前が出てみろよ ! 」
全くもってその通りだと思う。代表の苦労や努力を知っている分、無責任な発言には腹が立つ。しかし一つ忘れちゃいけないのは、いつかこのブログにも書いたけど、我々アスリートは、みんなの支援つまり税金の恩恵を受けている面があるってこと。それが無ければ合宿だってこんなに出来ないし、国際試合にだってほいほい行けない。でそこに税金を使うことにはそれだけのメリットがあると国が考えてるってことだ。だからこの結果と批判は、そうそう簡単には否定も肯定も出来ない問題なのだ。

だからこれは、一アスリートとしての願いとして。この国にはもう少し冷静になって、もう少し温かい目で、代表を応援してもらいたい。どんな結果であっても、「 お疲れ様、よく頑張った ! 」 そういう雰囲気であってもらいたい。その上でこれからのことを考えてもらいたい。

僕にとって、そんなオリンピック柔道だった。

更新:2012-08-18
慶應義塾大学 総合政策学部 藤井 岳