第266回:モテ期

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 極たまになぜか僕のことを気に入ってくれる人がいる。これが相性というやつで、誰にでもあることなのだろう。しかし残念ながら少し人見知りの気がある僕は、そんな風に急接近してくる相手にその都度タジタジしてしまうのである。

 先日、出稽古で日体大に練習に行かせてもらった。その日は我々の他にイタリアのナショナルチームが来ていて、結構賑やかな練習になった。当然のことだが外国の選手は、特別有名な選手を除いてどの日本人選手がどんなキャラでどんな柔道をするか知らない。だからとりあえず自分と体重が似ていそうな奴に片っ端から「お願い」して、一本一本練習をしていくものだ。そんな流れの中でイタリアの100㎏級の選手が僕に「お願い」してきた。
 一本乱取りをした感じでは、彼は、技の威力は弱いけど体の節々の力が強くて、何よりやたらと組手を嫌って切りまくるタイプだった。だから時間のほとんどが組手の応酬ばかりで、僕としてはあまり面白くない練習をしてしまったと思った。
 ところが、何故か彼は僕のこと(僕の柔道のこと?)をえらく気に入ったようで、その後も何度も練習を「お願い」してきて、最後には「柔道着を交換しよう」と持ち掛けてきた。
 この柔道着の交換というのは、例えばサッカー選手同士が試合後にユニフォーム交換をするのと同じような風習で、外国の人はよくやりたがる。中でもやっぱり日本の、漢字で刺繍がしてある柔道着は人気が高いのだ。
 その日僕が来ていたのは大学2年くらいから着ている、今となっては練習着となった慶應の道着。胸に黒いペンマーク、上着の裾と下履の腰に名前の刺繍が入っていて、背中に色あせた「慶應義塾大学」のゼッケンが縫い付けてある、正直結構使い古したものだ。一方彼は Kappa のブルー道着で、特にマークや刺繍はされていなかったものの、一番新しい国際規格のほぼ新品。
 そんな釣り合わない交換だが、彼の方が望むのなら別に構わないと引き受けた。練習後、彼は交換したその場で、僕の汗だくのそれを着て、イタリアの仲間たちに見せに行った。そんなに喜んでもらえるのはありがたいけど、この先彼が「慶應・藤井」を背負って世界の色々なところで練習する姿を想像すると少し照れくさくなった。そして、やっぱり何で彼が僕を気に入ったのかがさっぱり分からないままその場を後にしたのだった。

更新:2015-05-24
慶應義塾大学 総合政策学部 藤井 岳