ストーリー


人はストーリーを創って物事を理解する。無味乾燥な世界に味や色をつけるのは人間のストーリーである。世界はそれぞれの人の脳が創りだすストーリーでできていて、人は、人間の行動はもちろん、自然現象であっても、何であっても、その意味を考えようとする。

人は想像力が豊かでほとんどのものに感情移入できる。小説の登場人物、映画の登場人物はもちろん、人でないものでも人と同じように感情移入できる。ミッキーマウス、スヌーピー、くまのプーさんなどの動物のキャラクターはもちろん、機関車トーマスなどの電車にも感情移入ができる。ヨドバシカメラのCMの中央線、山手線だって顔があるからストーリーがあればおそらく感情移入できる。たとえば中央線がいい人物の役で、山手線が嫌な人物の役をしたらそれはそれで成り立つ。

台風のような自然現象についても無意識に擬人化している。台風が近づいてきたといっても気圧の低い部分が移動しているに過ぎないのに、すごい風や雨を発生させるような何者かが近づいているような気がしてしまう。実際、ハリケーンには名前がついているし、台風も海外での報道では名前がついている。(因みに、先日奈良・和歌山県に甚大な被害をもたらした台風12号は海外の報道ではTyphoon Talasと呼ばれていた。ただし、Typhoonの名前は必ずしも人の名前ではないらしい。)

宗教もストーリーなしには成り立たない。この世界はどうやって始まったのか。何で人は生まれて、そして、死んでいくのか。宗教の数だけ、そのストーリーがある。ストーリーがあるから人はそれぞれの宗教を信じる。

ストーリーは人の思考プロセスそのものといってもよい。何かを考えるとき、人はストーリーを作って考える。「仮説思考」とかわざわざ言わなくても誰でも小さい頃から仮説=ストーリーを作って物事を考えている。最近雨が多いのは自分がいたずらしたからかな、とか、遠足の日に晴れだったのは自分が最近いい子にしていたからかな、とか、そういった仮説を知らず知らずのうちに立てている。

本来意思を持たないものにまで意思を認めストーリーを作り上げる。ただ、ストーリーは結局のところ仮説に過ぎず検証すれば矛盾が生じるものが多い。自分がいい子にしていたから遠足の日に晴れるのだったら、遠足に参加した他の子の態度は関係ないのか。宗教のストーリーも検証に堪えない怪しいものが多い。しかし、人はそれでもそういったストーリーを信じる。自分のストーリーの筋を通すためにそれに矛盾する事実を無意識のうちに避けることさえよくある。

その人がつくるストーリーはその人の世界観であり、人生そのものである。そこに矛盾が生じたからと言ってそれを信じていけないわけではない。頑なにその世界を信じることで幸せになれないとも限らない。ただ、多くの場合、自分自身の創るストーリーに縛られると段々窮屈になっていく。そんなときにはストーリーは飽くまでストーリーに過ぎず、自分のストーリーは常に書き直せることを思い出したい。


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洋々代表。日本アイ・ビー・エム株式会社にて、海外のエンジニアに対する技術支援を行う。その後、eラーニングを中心とした教材開発に、コンテンツ・システムの両面から携わる。 東京大学工学部電子情報工学科卒。ロンドンビジネススクール経営学修士(MBA)。