たとえば登山道にちょっとした渡渉の必要なところがあったとして、誰かが丸太の橋を渡して歩きやすくなるとそれまで毎回靴を濡らしながら渡っていた人にとってはとても有難く感じる。ただ、丸太を渡す前の状態を知らない登山者は当たり前のように丸太の上を歩くだろうし、何なら丸太の上の歩きにくさに不満を持つかもしれない。丸太のない状況を想定して、丸太が渡されていることのありがたさを感じる人はほとんどいないだろう。丸太を渡す前の不便さを知っている人も最初はありがたく思ってもすぐにそれが当たり前のことになり、徐々に感 [→続きを読む]

テレビで野球の試合を見ているとピッチャーが投げる球を打つのはそんなに難しくないように見えるが初めて野球をやる子どもには簡単なことではない。まず3次元の世界で飛んでくるボールの位置を把握するのが難しい。打つどころか捕るのだって簡単ではない。プロ野球選手が凡フライを難なく取るのを見ると簡単そうに見えるが野球の経験を積んでいないほとんどの人には凡フライでも捕るのはとても難しい。捕るのが難しければ打つのはもっと難しい。ボールの位置の把握が難しいだけでなく、スムーズなスイングをすることも簡単ではない。バッ [→続きを読む]

子どもの頃、海で遊んで帰るときに足についた砂をどう落とすかを自分なりに考えた。バスタオルで払えばよいのだがタオルが砂まみれになってしまうのがちょっと嫌だ。ビーチサンダルを履いて海に入って一旦砂を全部洗い落として砂浜をそっと歩こうとしてもどうしても濡れた足にはすぐ砂がついてしまう。砂がつくとまた一旦きれいにしたくなり海に戻り洗い流すが戻る途中でまたすぐ砂まみれになる。何度か繰り返して結局完璧にはいかないことを理解して、バスタオルに砂がついたり、足に多少の砂がついたままになったりすることを受け入れる [→続きを読む]

元々英語で書かれた本を日本語訳で読むか、英語でそのまま読むかはいまだに迷う。日本語で読む方が知らない単語も少ないし、読むスピードも速い。英語の本1冊読んでいるうちに日本語だと多分2冊読める。一方で英語で読む方が著者の意図がそのまま伝わってくる感じがするのと自身の語彙が少ない分、新しい学びも多い。翻訳されたものを読むと原書ではどう書かれていたのだろう、と知りたくなることが少なくないし、日本語にすることでかえってわかりにくくなっていることもある。毎回迷いはするが今は英語で読むことを選ぶ方が多い。好き [→続きを読む]

教科書のデジタル化について視覚表現の幅を広げられることをメリットとして伝えている識者の記事を読んだ。長方形や円の周りを点Pや点Qが動いて三角形PQRの面積を求める問題をアニメーションで表現できる、空間図形は3次元で回転させることができる、といったことが例として挙げられていた。たしかに紙の上の動かない図では想像しにくいものが動画でみたり、3Dで動かせたりするとだいぶイメージをもちやすくなりそうだ。ただ、それで学習効果が上がるか、ということには疑問の余地がある。 たとえば展開図から立体の形を想像する [→続きを読む]

今世の中を席巻するAIは人間の脳を模して作られている。人間の脳内ではニューラルネットワークが張り巡らされていて外界からの刺激を受けながら回路が発達していく。脳の発達によって外界を理解したり、運動ができたり、言語を操れたりするようになる。脳と同じようにソフトウェア上にネットワークを構成し大量のデータを読み込ませて発達させることでAIが生まれる。 現段階では人間の脳NI(Natural Intelligence)はAI(Artificial Intelligence)と比べてはるかに学習効率がよく、 [→続きを読む]

あけましておめでとうございます。 今年も受講生のために何ができるかを考え、実行し続ける1年にしたいと思います。 2026年も何卒よろしくお願い申し上げます。