企業がグローバルに営業活動を行うときその企業の国籍はブランドイメージに大きく影響する。フェラーリ、フェラガモ、ベネトンといったブランドが醸し出す華やかでセクシーなイタリアのイメージは、たとえばアリタリア航空のような全く別のイタリアの企業にまで影響している。マクドナルド、コカコーラ、ディズニーランド、スターバックスといったブランドが作りだす明るくて楽しそうな感じのアメリカのイメージも他のもっと真面目な感じのアメリカの企業にも少なからず影響している。日本の企業についてもMade in Japanとい [→続きを読む]

高校生と話していてふと思ったのだが一々「一応」をつける人が多い。 「一応、サッカー部でキャプテンやっています。」「一応、東大を受験する予定です。」 よく考えたら高校生だけでなく、社会人でも多い。 「一応、プログラマやっています。」「一応、資格もっています。」「一応、資料用意しておきました。」 控え目な日本人特有の言い方だろうか?英語にうまく訳す言葉が思いつかない。「kinda (kind of)」は少し似てるし、日本人の「一応」なみに連発する英語のネイティブスピーカーも多いが、ニュアンスは少し違 [→続きを読む]

「まずは笑わせ、次に考えさせるような研究」に対して与えられるイグノーベル賞という有名な賞がある。昨年その経営学賞を受賞したのは、アレッサンドロ・プルチーノ、アンドレア・ラピサルダ、セザレ・ガロファロという3人のイタリア人で、その研究内容は、「階層組織において、実績に応じて昇進させるよりも、ランダムに昇進させた方が、組織として効率がよい」というものであった。 実はこの理論は組織内の人の感情やモチベーションを一切考慮していないし、昇進後に必要な能力を一切考えずに昇進させることを前提としているので、現 [→続きを読む]

将棋や囲碁のプロの対局をテレビで見ながら次の1手を予想するとたまに当たることがある。結果だけみるとプロの打った手と自分の考えた最善手が一致している。しかし、その意味するところは大きく違うだろう。仮にプロの棋士と話す機会があって「あそこは6八銀ですよね」と言って意見が一致したように見えても、おそらくそこに至る思考のプロセスは全く異なる。次元が違うと言ってもいい。 傍目八目という言葉もあるが、あくまで同レベルの第三者が外から見たときに局面がよりよく見えていい手を思いつくことがあるということで、素人が [→続きを読む]

権力に対し、それに屈せず、正しい批判を堂々と行う。時代、国によっては、非常に難しいことで、自分の命を賭する必要があることも珍しくない。日本も含めた多くの国の歴史を考えると時の権力に対し自由に批判ができる状態というのは大変貴重で有り難く思うべきことかもしれない。だから、マスコミが首相をはじめとする閣僚を必死になって批判するのもわからなくもない。それが彼らの使命であり、権力が間違った方向に行き過ぎないように命を賭してでも批判する必要があるのだ。しかし、今の日本では、マスコミの力の方が強くなりつつある [→続きを読む]

問題に直面するのは苦しいことである。しかし、問題が全くないとそれはそれでつまらない。 コンピュータのアクションゲームではよく「無敵」モードが存在する。テレビゲームの草分け的な役割を果たしたパックマンやマリオブラザーズ、他にも戦闘機を操作するようなゲームの多くでそういったモードが存在した。何か特別なアイテムを獲得すると、たとえば無敵の実のようなものを食べると、自分の操作するキャラクターや戦闘機が一定の時間どんなに攻撃を受けても全くダメージを受けない状態になる。ゲームをやっているとこれは気持ちがいい [→続きを読む]

サッカーでも野球でも他のどのようなスポーツでもプロの世界でレギュラーのポジションを取るのは難しい。特に順調に勝っているチームだと監督は敢えてレギュラーを変更しようとはしない。レギュラーは出れば出るほど経験を積み技能を上達させ、ますます補欠選手が出る機会はなくなっていく。今のレギュラー選手と年齢の差があれば世代交代もあるが、すでに年齢の近い選手が活躍している場合はそれも期待できない。今まで補欠だった選手にチャンスが巡ってくるのは多くの場合怪我などで急遽レギュラー選手が出られなくなるケースだ。 補欠 [→続きを読む]

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