小説と事実


事実は小説よりも奇なり、というが、事実とフィクションの差は大きいようで、実はそこまで変わらないものなのではないか、と思うことがある。おかしなことを言うようであるが、「事実」と言えるものが存在したとしても人間はそれを「脳」を通してしか認識できない。ある人が感じる「事実」とはその人の脳が作ったストーリーである。逆にその人の「脳」の認知できる範囲でしかその人は「事実」を認識できない。だからどんなに「奇なる」事実であっても所詮人間が想像できる範囲でしかない。そう考えると人間の脳で考え出すフィクションも人間の脳で解釈する「事実」も大して変わらないように思う。所詮人間の脳が想像できる範囲内のことでしかない。

視覚に障害のない人は世の中のことが「見えている」ように思うかもしれないが光として見えているのは電磁波のうち400nmから800nmというかなり限定された波長をもつものだけでその範囲から外れているものは感じることができない。より広範囲の電磁波を認識できる生物がいるとしたら彼らからみて我々はほとんど盲目のようにみえるかもしれない。それでも我々が世の中のことを見えているように感じるのは、(当たり前のことのようだが)我々には見えることしか見えないからだ。

コウモリの種類の中には視覚が発達してない代わりに超音波を使って周りの状況を「見る」(聞く?)ことができるものがいる。コウモリが世界をどのように認識しているのか想像もつかないが限られた情報から彼らなりの世界を構築しているのだろう。その世界の中で自由に飛び回っているわけで視覚が未発達であることによる不自由さは感じていないはずだ。限られた情報から自分なりの世界観をもつという意味では人間も全く同じだ。

同じ世界に住んでいるようでコウモリが見る世界と人間が見る世界はおそらく大きく異なる。さらに言えば同じ人間でも自分以外の人にこの世界がどのように見えているかは知る由もない。それぞれ異なる世界を見ている可能性は十分ある。いずれの世界もその人が自分の脳で解釈したものという意味ではその人自身が作り出したものと言える。

この世の中がどのような世界であるか、ということを自分の脳が決めているということは、自分次第で世の中がよい場所にも悪い場所にもなるということだ。小説を書くように世界を創っていくわけにはいかないだろうが、自分のいる世界がよい世界であるために自分の心の持ち方が大切であるということは折に触れて思い出したい。


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洋々代表。日本アイ・ビー・エム株式会社にて、海外のエンジニアに対する技術支援を行う。その後、eラーニングを中心とした教材開発に、コンテンツ・システムの両面から携わる。 東京大学工学部電子情報工学科卒。ロンドンビジネススクール経営学修士(MBA)。