分かる
入学試験でも定期試験でも学科のペーパーテストはその事柄についてどれだけ分かっているかを評価するためのものだが、「分かっている」かどうかを判断するのは案外難しい。小学生のときに、日本が19世紀後半に列強と結んだ不平等条約に関連して、「関税自主権」や「治外法権」という言葉を覚え、試験でも漢字で書けるようになっていたがそれが何を意味するのか本当はよく分かっていなかった。試験で正解できるからといってそれを理解しているとは限らない。試験で正解をもらうと自分でも分かっている気になるが、後でより深く知ることによって当時は全然分かっていなかったことに気づくことはよくある。
a billion dollarと言われたときにその金額がどのくらいであるかを未だに瞬時には理解できない。自分の頭の中でビリオンは10億だから、ビリオンダラーは10億ドルで、1ドル=100円強だからだいたい1,000億円という変換をして初めてそれがどのような額なのかを理解できる。変換にかかる時間は1秒もないと思うが毎回必ずその変換作業を行っている感覚がある。野球で時速100マイルの直球がとても速いのは分かるがそれも頭の中で時速160kmに変換している感覚がある。同じものであってもそのままでイメージが広がるものと、変換しないとしっかりしたイメージが浮かばないものがある。1マイル≒1.6kmというのことは頭に入っているし、試験に出れば計算して答えは出せるものの、mile/hはkm/hほど自分のものになっていない感覚がある。
完全に自分のものになっているかどうかをペーパーテストで判別することは簡単ではない。評価の手間を気にしなければ論述式にしたり口頭試問にしたりすることである程度は確認できるだろう。関税自主権とはどういうことで、それがどうして重要なのか、を問われていたら小学生ときには間違いなく答えられなかった。ただ、mile/hの感覚が自分のものになっていないことは論述式や口頭試問でもばれないかもしれない。
小学校・中学校・高校と知識を蓄えてはテストで確認する、というプロセスを繰り返しているとテストでいい成績が取れると理解できていて、成績が芳しくないと理解できていない、と考えがちだ。しかし、実際のところはテストで点数をとれるかどうかはテストの方法によって大きく異なるので、本質的にそのことが分かっているかどうかとは必ずしも一致しない。テストとは関係なく自分で「分かる」感覚というのがある。テストでいい点を取るに越したことはないがそれ以上に自分で「分かる」感覚を大切にしていると実利的な目的のためではなく知を得ること自体を愉しむことができるようになると思う。
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洋々代表。日本アイ・ビー・エム株式会社にて、海外のエンジニアに対する技術支援を行う。その後、eラーニングを中心とした教材開発に、コンテンツ・システムの両面から携わる。 東京大学工学部電子情報工学科卒。ロンドンビジネススクール経営学修士(MBA)。