一目瞭然?


「そんなの明らかじゃん」とか「一目瞭然だよ」などというときは大抵「明らか」だったり「一目瞭然」ではなかったりする。本当に明らかだったり一目瞭然だったりするときはわざわざそれを言葉にして伝える必要はない。

「そんなの常識」とか「みんな知ってる」というのも同様だ。本当に常識であったり皆が知っていたりするのであればわざわざ言わなくてもいい。

そういった言葉を口にしたくなるのは、自分には明らかに見えていることが他の人に見えない歯痒さを感じるときだ。こんなに明らかなのになぜわかってもらえないのだろう、と不思議に思う気持ちもあるだろう。しかし、人によってものの見え方、捉え方は大きく異なるし、一目瞭然かどうか、常識かどうかは、見る人、受け取る人によって変わる。

何かを教えたり伝えたりしようとする際には相手に見えているものを理解することがとても大事だ。グラフの見方を知っている人には明らかに見えることでもそのグラフに慣れていない人にはよくわからない。ある程度の経験者であれば一目見てどちらが優勢かわかるような将棋や囲碁の盤面でも素人には見当もつかない。学校の勉強でも同じである程度進んでいる人には一瞬でわかることでもまだそこまで進んでいない人には難しく感じることもある。

グラフでも将棋や囲碁でも学校の勉強でも初めから理解している人はいない。でも一度理解するとそれが当たり前になり過ぎて、理解していなかったときにどう見えていたかを忘れてしまう。しばらく住んで今では慣れ親しんでいる街に初めて来たときの印象を思い出すのは簡単ではない。ただ、当時の自分の気持ちを丁寧に追っていけばそのときに感じていた新鮮な気持ちを思い出せないこともない。

教えたり伝えたりするのに長けている人は自分自身が理解できていなかった時分に見ていた風景を上手に思い出せる人だと思う。今の自分にとっては一目瞭然だったり、当たり前だったりすることでも、そう感じていなかったときの感覚を思い出すことができれば、その視点に立ってわかりやすく説明できる。巧妙なストーリーテラーがそれぞれの場面で読み手の受ける印象を計算して話を展開していくように、受け手に見える景色を的確に把握した上で説明すれば、より効果的に教えたり伝えたりできる。