次、5月17日、今度は高校の同級生と、そのお仲間2人でのラウンド。千葉の北の方。12月30日に連れて行ってもらったのと全く同じメンツだったけど、その同級生以外は二度目ましての仲、しかも例によって僕よりも全然上手。箱根の時よりも緊張して、やっぱり下手くそだった。12~13ホールくらいまでスコア120ペース、つまり約トリプルボギーペース。我ながら、“中堅ゴルファー”を名乗るのは少し早かったかもしれない、と少し落ち込んだ。しかしここら辺で、同級生に「これはどうやって打ってんの?」と気になるポイントを聞 [→続きを読む]

今年に入ってから、月に2回くらいはゴルフに行くようになって約半年、まだまだ遠い目標と思っていたスコア100切りを、この前、35歳を目前に達成してしまった。自分でも少しびっくりするくらい5月に入ってから、急成長した。 まず5月9日、実業団柔道部の時によく一緒に飲んでいたオジさん2人と一緒に箱根のコースを回った。コースの所々で富士山と芦ノ湖が見える綺麗なコースだった。僕の苦手な池や谷越えをしないといけないホールが無かったのもありがたかった。仲の良いメンバーとはいえ、初めて回るメンツだったし、僕が明ら [→続きを読む]

兎にも角にも、何を言っているのか分からないと話にならんということで、二本目の前に同時解説機みたいなのを買って、それをイヤホンで聞きながら連獅子に臨んだ。せっかく解説を買ったのに、というところだが、連獅子は会話というより動きの演目だった。頭につけた獅子の長い尾(なのかな?)を振り回す映像は確かに見たことがあって、それを生で見たという感じ。それ以外のいわゆる舞の部分は、本当に申し訳ないが、凄いのか凄くないのか、全く分からなかった。 二本目で完全に心の折れた僕は、「歌舞伎というものがどういうものが、な [→続きを読む]

4月の頭に、初めて歌舞伎というものを見に行った。ちゃんと銀座の歌舞伎座に行った。フルマラソンとほぼ同じ「やったことがない」というのが好きじゃなく、歌舞伎も一度は観ておきたいというモチベーション。この時期に歌舞伎に挑戦すると「国宝観たからでしょ?」と言われるのだが、違う。逆ミーハー心で、あまりにも人気が出ている映画を見にいくのがなんとなく癪で、国宝は観ていない。なので、純粋に「一回は観ておきたい」やつだった四月大歌舞伎、夜の部で、演目は本朝廿四孝・連獅子・浮かれ心中の三本建て。 チケットを購入する [→続きを読む]

マラソンから2-3日間は、80歳のおじいちゃんみたいな生活をした。歩くスピードは亀、布団から起き上がるのも、トイレでしゃがむのも苦痛に顔を歪めながら。こうなると出歩くのが億劫で、できるだけ家にいたい気持ち。自転車も乗れない。それでも当然会社は行かないといけないから、普段なら歩いて10分ちょいのところを30分くらいかけてトボトボ出勤した。階段もスムーズには降りられないから、たとえ1フロアの移動でもエレベーターを頼った。同僚みんなに笑われた。 流石に4-5日目くらい経つと、割とスムーズに歩けるくらい [→続きを読む]

炭酸泉と水風呂を交互浴すると、ほんの少しだけ足が動くようになった気がした。これならなんとか飛行機くらい乗れそうだ、と少し安心した。これ今日中に帰れるかな、と内心少し心配だった。普段だったら、こういうスーパー銭湯に来ると、サウナも絶対入るのだけれど、この状態で入ったら倒れてしまいそうで、やめておいた。風呂から出て、食事所でご飯を食べた。圧倒的に枯渇したエネルギーを補給せねば、と、ヒレカツ丼 ご飯大盛りと、チキン南蛮定食 ご飯大盛りを頼んだ。高知らしくカツオのたたき定食もあったけれど、肉が欲しかった [→続きを読む]

手荷物受け取り場所のすぐ向かいに着替え用の大きなテントがあって、そこでとりあえず街の方まで移動する格好に着替えるのだが、これがまた難儀。だって、絶対に膝を曲げないまま着替えないといけないのだから。とにかくゆっくりゆっくり、びしょびしょの短パンを脱いで、ジャージを履いて。Tシャツを脱いで、インナーは見た目恥ずかしいからすぐ脱いで。着替えの途中、出発前に食べたお菓子のゴミが、隣で着替えている人の荷物の上にヒラヒラ落ちてしまった。「すみません」と言ってすぐに拾おうとするのだが、いかんせん膝が曲がらない [→続きを読む]

ゴールの競技場まで最後に登り坂。膝をカクカクさせながら、もはや走っているとは言えないスピードだったけれど、ここまでくればリタイアはない。もう行くしかない。気合い。根性。意地。我ながら、自分ってメンタル相当強いな、と思った。 競技場内に入って、ゴールはどこだと探すと、400mトラックをほぼ全体的に使って、グルッと300mくらい先にある。今まで「42kmも42.195kmも大して変わらない。最後の195mなんて、どんだけ疲れていても走れるでしょ」なんて思っていた。とてもじゃないが無理。這いつくばる寸 [→続きを読む]

30~35km、1km当たり5分30秒。最後の折り返しをして、再び仁淀川を越える。必死に足を回しているつもりでも、ペースは上がらない。頭の中は痛い・辛い・辞めたい、だけ。しかしこんなところで止まるわけにはいかない。何に対する意地か、誰に対する強がりか、もはや考える余裕もないけれど、とにかく前へ。ゆっくりでもいいから前へ進まないと。 35~40km、1km当たり6分34秒。38kmくらいで遂に歩きを挟んだ。痛みを訴え続けた脚は、もう攣るとかそういうレベルではなく、確実に肉離れという状態になっていた [→続きを読む]

段々と人がバラけて5~10km、1km当たり4分49秒、ちょうどいいペースになってきた。号砲と同時にスタートしている3時間半のベースランナーにも追いついた(僕は号砲から1分半後にスタートラインを超えたから)。ベースランナーに追いついて気が付いた。3時間半で走る青山学院の人は、あの黒田朝日選手だった。“シン・山の神”ってやつだ。沿道のお客さんたちも、黒田選手と気がつくや一段と高い歓声を上げる。大した人気。その黄色い歓声を、自分に向けられたものだと勘違いしながら走ってやることにした。 10~20km [→続きを読む]