3月27日、広島で開催された平和カップなる大会に出場してきた。オープン参加形式の5人制団体戦で、男子は高校の部・一般一部・一般二部の3つで争われる。僕らが戦った男子一般一部は予選3チームリーグ戦とリーグで勝った8チームのトーナメント戦で、例年なかなかの強豪大学と実業団が集う。 僕はチームの大将として予選と本選にフル出場した。チームの成績は決勝で0ー2で負け準優勝。大会通しての個人の内容は3勝1分1敗。この1敗は決勝戦のもので、絶対に取られてはいけない場面での1敗。要するにチームとしては勝ち進んだ [→続きを読む]

 3月6日、綾瀬の東京武道館で開催された東京選手権に出場した。この大会は4月29日に日本武道館で開催される全日本選手権の東京予選である。全日本選手権は、世界選手権やオリンピックに並ぶ日本人柔道家の夢である。その畳に上がるだけでも価値がある。そしてこの世の中は、価値のあるものを得るためにはそれ相応の厳しい道のりを生き残らなくてはならないのが常。まったく不都合な真実だ。 試合結果は2回戦での一本負け。4回勝ってベスト8に残らなければ出場権を得られないことを考えると、全然まだまだのところで散った訳だ。 [→続きを読む]

 前回の記事に書いたように、2月下旬、僕はパーク24柔道部寮に入寮した。この寮、地下に乾燥室・ウエイトトレーニング場・サウナ付きの大浴場、1階に食堂、2階に酸素カプセルや治療器具のある回復部屋と道場、3~6階が我々選手の部屋という構成。注文しておけば、栄養バランスの考えられた食事も用意される。数年前に会社が柔道部のために建ててくれた、極控えめに言っても最高の施設である。 横浜で初めての一人暮らしを経験してから、再び寮生活に戻ってきたわけだが、やはり仲間と一緒に恵まれた施設で暮らすのは、便利で楽し [→続きを読む]

 2月、初めてこのブログに穴を開けた。極個人的なイベントがたまたまいくつか重なって、バタバタしているうちに3月になってしまったのだ。「ちょうど300回目の記事だから何か凄いことを書こうとしているのか?」と期待してくれていた人、あるいは「第299回の記事が今までの総括的内容だったし、そろそろ打ち切りか?」と心配してくれた人、ごめんなさい。ただ単純に忙しかっただけなのです。これからも、とりあえずは来年度も、この夢物語は続いていくので今後ともどうぞよろしくお願い致します。  さて、前述した極個人的なイ [→続きを読む]

 気が付けばこのブログも次で300回目の更新を迎える。第1回目の記事「一月の災難」を高校3年生の1月31日に書いたことを考えれば、期間は明日でちょうど6年になる。週に1回、最近では月に4回、毎年だいたい50本の記事を(僕の記憶が正しければ一度も休むことなく)ツラツラと積み重ねてきたわけだ。 「文章力を鍛えつつ、何か世間に発信したい」なんて大それた目標を掲げ、書き始めたこのブログ。6年目を迎える今、正直文章力がそれほど向上したようには思えないし、自分の意見を世間に発信できているかどうかも正直怪しい [→続きを読む]

 2010年、南アフリカでのサッカーワールドカップを観てから、僕もすっかりサッカーファンである。2010年は僕が大学に入学した年で、今まで自由に観られなかったテレビが観られるようになったお蔭かもしれない。毎晩遅くまで、地球の裏側で繰り広げられる試合を熱心に観た。それ以来、ナショナルチーム(各国代表チーム)のみならずクラブチームのリーグ戦まで、けっこう幅広く色んなサッカーに興味を持つようになった。 そんな中で僕が一番好きなチームは“FCバルセロナ”だ。メッシやネイマール、スアレスなどが在籍する、言 [→続きを読む]

 11月の講道館杯で指を骨折してから、かかりつけの病院にリハビリで通っている。だいたい週に1回、1時間半から2時間ほどのメニューをこなす。一般的な人に比べて身体を酷使する人生を送ってきた僕だが、なんだかんだ丈夫な身体のおかげで、意外にもリハビリは初めての経験である。 もう指の可動域は戻ってるし、普通の生活を送る分には全く不自由しない。ただ怪我前の握力に戻っていない。僕にとって右手は引手。技が決まるかどうかの生命線である。練習でいい感じの技に入れても、引手がすっぽ抜けて投げきれないことが多々ある。 [→続きを読む]

 2015年から2016年の年越しはいつにも増して呆気ないものだった。気が付けばいつの間にか新年で、気持ちも身体も上手く区切りが付いていない感覚である。 理由は簡単、修士論文の執筆作業に追われていたからだ。12月3週目に担当の教授に初稿を提出してから1月12日の正式提出まで、書いては直され書いては直されをひたすら繰り返し、とりあえずの完成形を作りあげた。 執筆作業に取り掛かる前からある程度の予想はしていたものの、論文書くのってごく控えめに言ってすごく骨の折れる作業だった。たぶんそういう文章の書き [→続きを読む]

 8月31日、朝は早かった。6時頃起床し、軽く朝風呂してから、朝一番のうどんを頂きに行った。香川ならそこら中にある、おじちゃんが一人でやっている小さな店である。うどんの味の違いを、人に伝わるように書くほどの語彙力がなく申し訳ないが、なるほど確かに美味しくて安い香川うどんである。 その後、スポーツトレーナーであるDの実家で、挨拶がてら酸素カプセルとパワープレート(振動するマットの上でストレッチやトレーニングをするもの)を体験させてもらった。 次の目的地に思いついたのは金比羅山である。長い階段がある [→続きを読む]

 尼崎から西へ走り、明石海峡大橋を渡って淡路島に入った。まだ日没前、夜ご飯には中途半端な時間だったが、ぼちぼち腹が減った我々はスマホで適当なご飯処を探す。“ぐるなび”に導かれるまま行った洋食屋1・2軒は昼しか営業しておらず断念。みんなマイペースでゆっくりと時間が流れている感じ、東京では味わえない不便さの中に安らぎがある。 最終的に入れたのは複合施設内にあった熟成肉のハンバーグ&ステーキを出す「听(ポンド)」という小綺麗なお店。残念ながら牛肉は淡路牛じゃなかったけれど、昔ながらの肉々しいハンバーグ [→続きを読む]