本物と本物に似て非なるものを区別するのは時として簡単ではない。 企業が提供するモノやサービスには「本物」と「本物に似て非なるもの」が混在している。長い目で見れば、「本物に似て非なるもの」は淘汰されるが、新しい「似て非なるもの」が常に出てくるので消費者は判断を誤りがちだ。自動車でもコンピュータでもスペックがほぼ同様で見た目が同じようでも、見えない部分が大きく異なることがある。乗り心地であったり、キーの打ちやすさであったり、長時間使ってみて初めてわかるような違いがある。サービス業においても一見同じよ [→続きを読む]

おそらくまだ小学生になる前のことで記憶も曖昧だが、近所に住む友達が家に遊びに来た際に、部屋のタンスについている耐震用のベルトについて以下のような会話を交わした覚えがある。 友達「あんなところにベルトがついてる」私(少し得意げに)「地震のときにタンスを支えるためだよ」友達(挑戦的に)「あんなベルトじゃ大きな地震がきたら支えられないよ」私(不安げに)「大丈夫だよ。タンスの中にあるベルトだって地震がきても切れないでしょ?」 もちろん「私」の主張はロジカルでない。しかしその友達は私に対して正しく反論でき [→続きを読む]

朝日新聞に「東大入試に『第3の道』」という記事が出ていた。5年から10年先を見据え、従来の選抜方法の根本からの改革を検討するそうだ。従来のペーパーテストでもAO入試でもない「第3の道」を探るという。とても楽しみだ。 東大の名前をもってすれば日本中から優秀な学生を集めることができる。東大が変われば多くの大学で試験の形式が変わるだろう。東大で今の画一的な学力偏重の試験を変えることは日本の小中高生が日々学ぶことを変える可能性がある。 20年前から行われている慶應SFCのAO入試はとてもいい試験で存在価 [→続きを読む]

スティーブ・ジョブズ氏が亡くなってから4日経つが偉大な人物を失った虚無感のようなものは未だ漂っている。その死を悼む声がTwitterでもFacebookでもブログでも溢れている上に、ビル・ゲイツ、マーク・ザッカーバーグ、ラリー・ペイジといったジョブズ氏と交流のあった大物のコメントも伝えられる中、自分がさらにここで何か彼について書く意味があるのかという疑問はあったものの、それでもやはり書いておきたいという自分の気持ちがあったため今回はジョブズ氏の事を書こうと思う。 希代のプレゼンター、真のイノベー [→続きを読む]

不振に喘ぐイチロー選手を見ているとスポーツの世界の厳しさを感じる。昨年まで10年連続年間200安打を続けてきても、今後どうなるかはわからない。不調が来年も続けばメジャーリーグでプレーを続けられるかどうかの保証もない。チームのレギュラーとして残り続けるためには、常に自分の能力を証明し続けなければいけない。頑張っているからとかファンサービスをしているから、とか野球以外の要素で、評価される部分は非常に小さい。素振りを毎日、何百回、何千回としても試合で打たなければ全く評価されない。 しかし、厳しい半面、 [→続きを読む]

人はストーリーを創って物事を理解する。無味乾燥な世界に味や色をつけるのは人間のストーリーである。世界はそれぞれの人の脳が創りだすストーリーでできていて、人は、人間の行動はもちろん、自然現象であっても、何であっても、その意味を考えようとする。 人は想像力が豊かでほとんどのものに感情移入できる。小説の登場人物、映画の登場人物はもちろん、人でないものでも人と同じように感情移入できる。ミッキーマウス、スヌーピー、くまのプーさんなどの動物のキャラクターはもちろん、機関車トーマスなどの電車にも感情移入ができ [→続きを読む]

成功した経営者の事例を読むとそれぞれに教訓を得る。しかし、その教訓を活かすことは簡単なことではない。 その理由の一つは、多くの場合、ある成功事例に対し、それと全く反対の手を打って、成功した事例も存在するからだ。たとえば、大事な場面で大胆な思い切りのよさが成功の要因になったという事例はよくある。大恐慌で皆が株を売っていたときに割安の株を買い漁って大儲けした、とか、勝負どころで全財産を賭けて事業拡大にチャレンジした、とか、そういう事例だ。しかし、一方で、博打を打たず、背伸びせず、自分たちにできること [→続きを読む]