25時に銭湯を後にして三崎港に向かった。深夜で他の車も少なく1時間もかからずに港に着いた。少し車を出て海沿いを歩いてみたりもしたけれど、これもやっぱり寒すぎて一瞬で退散した。釣り人が何人かいたけれど、この時間に、この寒さで一人ボーッとするというのは、僕にはちょっと理解できない趣味だなと思った。車のライトで海を照らすと、光に反応して小さい魚が一斉に飛んだ。もちろん何の魚かなんて知らないし、なんで跳ねるのかもよく分からないけれど、一斉に飛ぶ後継が面白くてしばらくチカチカ遊んでから、車の後部座席を平に [→続きを読む]

日が落ちるか落ちないかの時間に、ライトアップが始まった。紅葉のライトアップは、木に電球を縛り付けるイルミネーションと違って、下から大きな光で葉っぱを照らす趣向だ。少しオレンジがかったライトが葉の色をより染めて、曇天の下で見るよりもよりもだいぶ映えていた。 この時間になると人もだいぶ増えた。ベンチもだいたい埋まり、木々の間の遊歩道にも軽い渋滞が生まれた。犬を連れている人も多かった。至る所で、犬と紅葉の映え写真を撮りたい飼い主たちが、虚しい努力をしていた。映えスポットに犬を無理やり座らせて、飼い主は [→続きを読む]

山中湖に着いたのがだいたい4時くらいで、曇り空にまだ少しだけ太陽が残っていた。肝心の紅葉は、確かに紅葉だった。黄色やら赤やら、思い思いに色づいた木が湖を囲う山々をあって、風情があるという感じ。期待を上回るとか、息を飲むとかのレベルではなく、「確かに紅葉だ」という紅葉だった。最近は写真の加工技術が進歩し過ぎて、SNSで見たものを期待して現地に行くと、「まぁ、うん」ということが多くなった気がする。今回のこれも例外ではなく、そういうことだ。 湖畔では、例の紅葉祭りと銘打って、テントや屋台がいくつか立ち [→続きを読む]

11月の最初の週末は、山中湖の方に紅葉を見に行った。なにやら湖の周りで紅葉祭り的なイベントが開催されているとかで、夜は紅葉がライトアップされるとかで、それに行った。 午前中は普段通りジムに行って2時間くらいかけてトレーニングをして、午後一から動き出した。まずは車の調達だ。五反田にあるパーク24本社ビルの地下駐車場からタイムズカーで一番大きなサイズの車を借りた。相方から「山中湖で紅葉を見た後、三崎港で朝4時くらいから開催される朝市に行きたい」という注文を受け、その大きな車の中で仮眠が取れるように布 [→続きを読む]

右足の腿裏を肉離れして走れなかった1週間くらいは、仕方ないからジムで自転車トレーニングをしていた。走るよりは運動強度が低くなるから、ちゃんと汗をかけるようにいつもより少し厚着で、例によってiPadで動画を見ながら(最近はアニメ”ワンピース”を1.5倍速くらいで流し見している)、iPhoneでニュースなんかを読みながら、ジムの自転車備え付けのテレビを流しながら、黙々と自転車を漕ぐ。側から見れば、一体どの画面を見ているのか分からない状態だ。ランニングだとiPhoneがイジれないが自転車だと可能だから [→続きを読む]

いかんせん肉離れ素人だから、一体どんな対処をするのが正解なのかも分からず、Googleで「肉離れ 対処」を調べた。道場の隅で、iPhoneでそんな検索をしていると、運動経験の乏しいオジさんみたいだ。 Googleによると、肉離れ受傷直後の対処は他の怪我と大差なくアイシングとのこと。マネージャーさんに氷嚢を作ってもらって腿の裏に当て、とにかくこれ以上の痛みが来ないことを祈りながら残りの練習を見守った。 どういう内情か定かではないが、数時間経っても、夜になっても、次の日になっても痛みの具合と強さは変 [→続きを読む]

僕らが引退してしばらくしてエアコンが付いた道場は、ちゃんと冷房が効いていて実に快適な環境だった。加えて普段のウエイト+ランニングトレーニングが功を奏し、それなりに練習にはついていけるもので、なんだかんだ乱取10本くらいはこなした。 これだけまとめて柔道をすると、ボロが出てくるのはやっぱり指と全身の皮膚だ。組手争いで指は壊れ、道着との摩擦で身体中の皮膚が悲鳴を上げる。当然ながら両方の要素に属する手指の皮膚は甚大なダメージを負い、特に暴れ回る釣手=左手は小指と薬指の付け根、中指の第二関節と第一関節が [→続きを読む]

9月中旬は、慶應大学の練習にお邪魔してきた。この日の練習は「先輩稽古」なる練習で、要はOBOG達が気軽に参加しても良い日だった。別に普通の日にフラッと道場に立ち寄って、単なる出稽古として練習に参加させてもらっても良いんだけど、そうやって「来ていいよ」とオフィシャルに言ってもらえるとやはり行ってみようかなという気になるものだ。尖っていた現役の頃は大して練習相手にもならないOBに接待するのが面倒くさいなと思っていたけれど、僕も歳をとった。 コロナ禍になってから、感染はもちろん濃厚接触者認定を受けない [→続きを読む]

大人になっても、河ですることは基本的に変わらない。岩場から飛び込んだり、浮き輪に乗って流されたり、石で水切りしたり、である。自分で言うのもなんだが、僕はそれら一つ一つの遊びのプロである。10年弱くらいは毎日のように通っていたのだから当然だ。もう、この河で大きくなったと言っても過言ではない。河の地形や流れもほぼ隅々まで頭に入っている。どこから、どうやって飛び込めば安全か、どうやって流されれば楽しいか、全部コーディネートする。水切りだって素人のそれとは比べものにならない。我ながら「みんな、優秀なコー [→続きを読む]

人数も多かったし、みんなが他人の人生に口を出しまくっていたから、人生ゲームが終わる頃にはもう夜中の12時を回っていた。「そういえばお腹空いた」なとど言う連中に、BBQの余り肉とチンするご飯を食べさせてからリビングの家具をどかして布団を敷いた。もちろん女子もいたけれど、7人みんなまとめて雑魚寝だ。なんだか高校時代の合宿を思い出す。2人くらいイビキをかく奴がいたけれど、疲れと酔いで意外とすぐに眠った。 でもやっぱり寝力の弱い僕は、朝は7時くらいに目が覚めてしまった。イビキよりも、外からのセミの声がう [→続きを読む]