コロナウィルスのせいですっかり自粛ムードになり自宅で過ごしている児童、生徒も多そうだ。最初は学校が休みになってラッキーと思っていた子どもたちも外出もままならない日が続くと次第に暇を持て余すようになる。ごろごろしながらテレビを見たり、すでに何度も読んだ漫画をまた読んでみたり、やり尽したゲームをまたしてみたりする。だんだん飽き飽きしてくるけれど、かと言って勉強するのも面倒くさい。 そんな暇な状態も悪いことばかりではない。たとえばそこにあるものを味わい尽くすようになる。もうほとんど刺激をうけなくなった [→続きを読む]

人間の直観は自分自身の経験と学習によって徐々に具わるものだ。自分の手が自分の意志によって動くことを知ったり、目から入る視覚の情報から個々の物を認識したりするところから始まり、様々な物を見たり、触ったり、そのものの音を聞いたり、匂いを嗅いだりする中で、外界にある物について理解を深めていく。目に見える物がどのような物なのか、硬さであったり、重さであったり、表面の触り心地であったり、初めて見る物であってもある程度想像できるように思うのは、それまでいろいろな物を持ったり触ったりした経験があるからだ。音や [→続きを読む]

少し前の記事で、分かっていなくてもテストで点が取れてしまうことがある、テストで点が取れるからと言って分かっているとは限らない、テストに関係なく自分の「分かる」という感覚を大事にしたい、というようなことを書いた。反対に「分かる」感覚があってもテストで点を取れないこともある。「分かる」こととそれを伝えることは別だからだ。 たとえばある地点Aからある地点Bまでいつでも迷うことなく行ける場合、A地点からB地点までの道順を分かっていると言えるし、自分にも分かっている感覚があるはずだ。ただ、その道順を分かっ [→続きを読む]

日本の学校教育制度では国語、算数・数学、理科、社会、外国語の科目を中心に時間をかけて様々な学びを積み重ねていく。学びの中には1つ1つ水平に知識を増やしていく学びと新たな概念を会得する垂直方向の学びがある。たとえば、英語の単語を増やしたり歴史上の人物を覚えたりしていくのは前者、数学でこれまでにない捉え方を知ったり、新たな物理法則を覚えたりするのが後者にあたる。 多くの人にとって前者の水平に知識を増やしていく勉強の方が敷居が低い。やるべきことが明確で時間をかければ着実に自分の力が伸びるのを実感できる [→続きを読む]

大学入学共通テストで結局導入が見送られた英語民間試験の利用と国語・数学の記述式だが、元々公平性や実現性の観点から批判も多い中、2021年度の入試への導入にこだわったのはなぜだろうか?もちろん大学入試改革の理念を体現させるという意図があったのだろうが、導入見送りの決定以前にすでに及び腰になっている大学も少なくなかった。東大や京大では結局英語民間試験の受験を必須としなかったし、英語外部資格を出願の要件として挙げている大学でも大学入試英語成績提供システムの利用は必須とせず曖昧な運用をしようとしていると [→続きを読む]

新年おめでとうございます。 2020年は大学入試がいろいろと変わる年ですが今年も本質を見失うことなく洋々が価値を出せるところに集中して質の高いサービスを提供できるよう日々努力していきたいと思います。 本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

洋々では数年前から大学入試改革を視野に知見を蓄積し準備を進めてきたが、今年はいよいよ入試改革初年度となる2021年度入試の受験生を迎えサポートを本格化した。10月からは特に早慶に絞る形で2021年度入試について解説する説明会も月に数回のペースで開催し、すでに多くの受験生と保護者の皆様にお越しいただいた(年明けも引き続き開催する予定です)。大学入試英語成績提供システムの採用や共通テストにおける国語と数学の記述式が見送られることになり迷走が続く大学入試改革だが、早慶を始めとする私立大学では一般入試も [→続きを読む]

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